【真面目マッサージ】ぬこのリラクゼーション

小説

ぬこの肉球は全てを癒す

 おんぼろアパルトメントの一室にて。

 大き目の三毛ぬこが毛玉になって寝ている。

 時刻は21時。

 夜も更けて部屋は静まり返り、時計の針が刻む音だけが響く。

 このぬこの名はミケーレネス。

 まだこぬこであった頃、近所にある社の近くで雨に打たれて泣いている時、不覚をとってカラスにやられ後ろ足を怪我してしまったが、この部屋の主に救われた。

 家主の甲斐甲斐しい世話の結果、約一年半の後、体重5キロ前後にでっかく成長したミケーレネスは、我が物顔でのさばるカラス共を片っ端から血祭にあげた。

 仕舞にはカラス達が徒党を組んで復讐に来たが、ことごとく返り討ちにし、最後に羽を折られて命乞いをするボスガラスを見せしめに散々痛めつけてから討ち取った。

 それを見て木っ端カラスらは蜘蛛の子を散らすように逃亡し、この近辺に現れる事は無くなった。

 以来、近所のぬこ達からボスとよばれ、慕われている。

 そんな女傑といってもよい彼女であっても、空腹には勝てぬ。

 我慢して無理矢理寝ていると、自慢の耳が聞き覚えのある足音を捕らえた。

 ミケーレネスはぴくりと耳を動かした後、すばやく起き上がるや、ドアの前に三つ指をついて、シャキーン! と陣取った。

 その直後、「下僕」がドアを開けて入って来たので、便宜上アイドリングしながら足元に8の字カーブでもってまとわりついてやった。

 こうしてやれば働きの悪い「下僕」の動きが良くなるのだ。

 今も実にだらしない表情をしている。 

 「下僕」は遅くなった詫びなのか、モン・ブチを皿に開けた。

 ミケーレネスは思う。

 む! これはモン・ブチ! ほう、「下僕」の癖に中々気が利くではないか。

「にゃあ」と一言鳴いて誉めてやってから、夢中になって平らげる。

 その横では、「下僕」の方も自らの餌を作って喰らい始めていた。

 ・・・・この「下僕」はオスながらある程度の家事はこなせるようで、部屋も割とキレイである。

 やがて「下僕」が餌を喰らい終わり、風呂から出て来た。

 だが、力を完全に使い果たしてしまったのか、何をする訳でも無く、どうと布団に倒れ込むと、そのままうつ伏せで眠り込んでしまった・・・・。



『もう寝よったか。相変わらずぬこよりも寝つきの良いやっこだ』

 ミケーレネスは「下僕」が完全に寝入ったのを見計らったあと、しゅるんと一回転して人間の姿へと化生した。

 その姿は、切れ長の目をした、巫女の様な恰好をした美しいおなごであった。

 トパーズめいた瞳の虹彩は縦に引き絞られ、黄金に煌めく。

 腰まで伸びた長い髪は彼女の毛皮と同じく三毛になっていて、千早というには随分丈が短く、所々肌が剥き出しになった、実に扇情的な衣装を着ている。

 袴型ミニスカートの腰部にあるスリットからは長いぬこ尻尾が飛び出し、ゆらゆらと揺らいでいた。

『またぞろ倒れこむ程に働きよった様だな。このミケーレネスの為だから仕方ないとはいえ、ご苦労な事だ。どれ、ひとつ労ってやるとするか。有難く思うがよい』

 そういってミケーレネスはうつ伏せに倒れ伏す「下僕」の腰辺りにまたがり、その広い背中へ掌を乗せた。

 ミケーレネスは、この周辺の土地を加護していた神に近い精霊である。

 だが、時の流れと共に彼女を祀っていた人々が去り、ついには力を失ってしまったのである。

 そうして忘れ去られ、荒れ果てた自身の社の前でこぬこになってしまったところをカラスに見つかり、危うい所で「下僕」に救われたのだ。

 故にこうして恩返しの代わりに「下僕」をねぎらってやっている、ということである。

 勿論それだけではない。

 どうやらこの「下僕」は、人にしては強い通力を持っているようなのだ。

 そのお陰で、「下僕」が近くに居る時だけではあるが、こうしてぬこ以外の姿に化生する事が可能となったのである。

 ミケーレネスは「下僕」の背中をさする。

 しゅっ、しゅっ。
 スリスリ・・・・。
 サーッ、サッサ。

 シャツと掌のこすれる音が「下僕」を心地よく癒す。

『むう、まるで鉄板ではないか・・・・何をしたらここまで硬くなるのやら』

 呆れつつも5分程さすると、背中が温かくなってきたので、親指をたてる。

 肩井に少しばかり指を押し当てただけで、ぐっと声を漏らす「下僕」。

 その呻き声に、目覚めおったか? と手を止めるミケーレネス。

 見られて困るものではないが、恩をアッピルして敬って貰おうとも思わぬ。

 目覚めたら引っぱたいて寝かしつけるか、と身構えるも、「下僕」はぴくりとも動かなかったので、安心して指圧に集中する。

『むっ・・・・。まだ解れておらなんだか。それにしてもアホみたいにクッソカチカチだな。全く指が入らんではないか! これはカラス共よりはるかに強敵だ、時間をかけて挑むとしよう』

 中々指を通さぬ筋肉と格闘するミケーレネス。

 親指をゆっくり、しかし的確に力を籠めながら、指に当たるゴリゴリした部分がなくなるまで、円を描く様に・・・・

 ぐーっ、グリグリグリ・・・・。
 ぐぐっ、ぐいぐい・・・・。

『ふう、何とか指が入るようになったな。肩はこれ位でいいだろう。次は首だな』

 そういって、首の付け根にある突起横から、背骨にそって指をぐぐーっと、伸ばすように這わせたあと、親指で挟み込むようにしながら揉み下ろす事を繰り返す。

 やがて首もやわくなった所で、頭側の指圧に入ると、案の定、生え際あたりにある風池を押されて再び呻き声をあげる「下僕」。

『フッ、やはりここが効くのか。どうせあのぱそこんとやらを一日中眺めておるのであろうな。あれは確かに目がチカチカするからのう』

 今度は容赦なく、生え際が汗ばむ程暖かくなるまで続けた。

 うごうご唸っていた「下僕」も、いつしか大人しくなる。

『ヨシ! では徐々に下半身の方へ取り掛かるぞ・・・・』

 肩甲骨あたりをぐりぐりと掌で押しながら独り言ちる。

 そのまま、背骨にそって親指を押し付けながら、徐々に腰へと狙いを移す。

『腰もまた凝り固まっておるな。こやつ、実はもう死んでいて、根の国から這い出してきたヨモツイクサなのではなかろうな?』

 そう言いながらも、丹念に腰を押し続けるミケーレネス。

 ぐいぐい・・・・、ぐりりん。
 ぐぐぐ・・・・、ぐっ、ぐっ。

『こちらもクッソカチカチだな・・・・あれだ、これはもう、ケツ鋼だな! まぁ、鍛造して刃となる分、鋼の方がエラいがな! フハハ!』 

 冗談で言葉攻めしつつも、懸命な指圧により、やわらかさを取り戻した腰に満足したあとは、両の脚も軽くもみほぐす。

 太ももを掴んで、震わせるようにプルプルする。

『フゥーム? 脚はそれほどでもないな。しかし、運動もせずに疲れるとは。随分と器用なやっこだ。だが、身体の中身は果たしてどうかな・・・・?』

 とツイートした後、足裏の真ん中辺りをぐっと押し込むとまたもや呻き声が。

『フハハ! やはりな! 最早ズタボロボンボンではないか! 己の不摂生を呪いながら、我が指に蹂躙されるがよいわwwww』

 面白くなったので思いつく限りのツボを突いてやると、その都度うなりよる。
 
 古武術の手型の様に、親指を握りこんで拳を作り、突き出した中指の第二関節を使ってより強い刺激を送る。

 指の付け根周辺を突く。ウゴゴォ・・・・
 指の先をグリグリ。アガガガ・・・・
 足裏の外側をこするように。オゴォオ・・・・
 今度は内側のへこんでいるところ。ヘヒィイイ・・・・
 かかとの中央だ! アギャアアア・・・・

『フッ、これでは身体が良い所を探す方が難しいな!』

 更に呆れつつ、尚も足裏を攻め立てると、次第に抵抗が少なくなり、「下僕」も唸りをあげなくなった。

『どうだ! このミケーレネスにかかれば、死人とて黄泉帰るのだ! さて、夜も更けてきたな。いい加減こっちがつかれた、そろそろ止めにしよう』

 だらしなく寝息を立てる「下僕」に満足したミケーレネスは、しゅるんとぬこの姿に戻るや、肉球を「下僕」の顔に近づけて丸くなり、アイドリングをはじめた。

 ぬこの肉球から香るポップコーンみたいな匂いは人に安らぎを与える。

 アイドリングのゴロゴロ音もまた、リラクゼーション効果のある周波数で聴くものに心地良い快眠をもたらす。

 安らかな表情で眠る「下僕」。ようやっと癒えたようだ。

 信じられるか? 死んでるみたいに見えるけど一応生きてるんだぜ?wwww
 
『・・・・うぬにはこのミケーレネスが力を取り戻すまでの贄となってもらわねばならぬ・・・・だが、二度は助けぬ!』キリッ

 そう思いながら眠りにつくミケーレネスであった。



 翌日。

 元気溌剌となった「下僕」は朝飯を用意してから、香箱になっていたミケーレネスをぬこ吸いし、意気揚々と出かけていった。

 飯を喰いながら黙って見送っていたミケーレネスがそっとツイートする。

『フン、随分と力が有り余っているようだが、どうせまた配分を間違って使い果たし、疲労困憊で帰ってくるのだろうな。フッ、所詮は「下僕」、頼りないのは今に始まったことでは無いがな! だらしないやっこだ! フハハ!』

 そんな事を言いながらも、その時はまたほぐしてやるか、と思いつつくるんと毛玉になって二度寝を決めこむのであった。

 ツンデレ乙wwww

 おわりw

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