おっさんスペースライダー・星永哲人の宇宙紀行

小説

~行方不明の親父を探して25年のおっさん苦労人、いつの間にかブラック職種のスペースライダーにうっかりなって助けた宇宙聖女と宇宙に潜む巨悪に挑む羽目になる~

第1話 苦労人、宇宙へ

 西暦2345年。
 人類が宇宙に進出して丁度200年目。

 恒星間航行が確立し、他銀河まで活動範囲を広め始めてからは100年目となる。

 
 その原動力となったもの……「重力波」。
 

 ……それは万物が持つエネルギーの波動。
 物質が存在しうる限り、共にあり続ける、無限のパワー!

 この力を発見した事で発展した波動力学により、人類は重力から解き放たれた。

 そして遂には、光の速さをも超え、広い宇宙へと飛び出したのだ。

 300年前に勃発した終末戦争により、一度滅びに瀕した人類。
 
 だが、生き残った人々はこの力を使って危機を脱した。
 そして同じ轍を踏まぬ様に自らを強く律し、協力しあって再びここまで繁栄する事が出来た。

 しかし、滅びに通ずる奈落の穴から何とか這い上がったばかりの人類にとって、眼前に広がる世界、宇宙は余りにも広かった。

 太陽系内で活動する分にはまだ何とかなった。

 だが、深宇宙へ飛び出し、宇宙大航海時代となると、深刻な問題が生まれる。

 そう、人手不足である。

 最初は宇宙軍や公に編成された調査隊などで探査、治安維持などを行っていたのだが、やがて限界を迎えることとなった。

 物流の維持や、新たな宙域の調査など……。

「確かに大事だけど、お上がやるにはちょっと……ねぇ?」

 というような事を民間へ委託するようになったのは当然の流れといえよう。

 そういう時代の潮流にのり、宇宙での様々な活動を行う事を生業とする者達が誕生した。

 人々は彼らの事をこう呼ぶ。

『スペースライダー』と。

 五月の半ば。
 徐々にキツくなってはいるが柔らかい初夏の日差しと、時折吹く爽やかな風が心地よい昼下がり。

 我らが地球の、日本リージョン・大阪府都エリア・スプリングビッグポートシティにある潮見=スペースベイへと続く臨海道脇を、一組の男女がマダム・バイシクルで移動していた。

 宇宙を旅するような時代にあってなお、自転車は優秀な乗り物である。
 簡単に安く手に入り、維持費もかからず、燃料も要らない。
 更に環境にも優しいので、スペースコロニーの様な、密閉空間でも安全に使う事が出来る。

 科学技術が進歩し、化石燃料をほとんど使わなくなったとはいえ、限りある資源は節約せねばならない。
 自転車は、そんな人類全体の要望に完璧にマッチする。

 とりわけ、シンプルな構造のマダム・バイシクルが多くの人々に愛されるのは、当然なのだ。

 とはいえ、乗るのは人間、走っていれば当然疲れるし、動力源であるその体は常に剝き出しだ。

 初夏の日差しの中で動き回っていれば当然暑い。

 全身で受け止めている湿り気の少ない爽やかな向い風も、体温の上昇は抑えられなかったようだ。
 二人とも額に汗をかきながらペダルを回している。

 二人がなぜ、こんな目にあってまでわざわざ自転車で移動しているのは、昨今の交通事情によるものだ。

 この時代では、ほとんどの乗り物は自動化され、人の手を使って動かさなくなっている。
 運転は道路交通を取り仕切るAIによって行われ、スムーズな物流を実現している。

 お陰で交通事故はほとんどなくなったが、その代わり、たとえ自家用車であっても緊急時でもない限り運転はAIが行う。

(このAIは「筋引き」というコードネームで、ややぼさぼさした髪型で、分厚いメガネをかけた小柄な女性の姿をしたアバターを持つ。その風貌から、人々には「漫研」とか「図書委員」等と呼ばれている。)

 このAIは、職務に忠実なあまり融通が利かない。
 常に安全第一を心掛け、無駄のない物流の為の運行を計算し、実行する。

 …………それは、ほんの目と鼻の先の距離であったとしても運行の申告が必要なほどである徹底っぷりだ。

 故に……。

「ちょっとそこまで」

 という感じでうっかり車に乗ると、ありえない程遠回りのコースを取り、

「自分の足で真っ直ぐ行った方が早い」

 という位に時間がかかってしまう逆転現象が起こることもたまーにだがある。

 それを嫌って自転車に乗る人も居る、という事である。

 この二人がまさにそれだ。

 もちろん、それだけでは無く、これほどまでに気が急いているのには他にも理由がある。

 さて、そうこうしている内に、二人はベイエリアへの入門ゲートを抜け、スターシップがずらりと駐船されたスペースポートの一角へと辿り着いた。

 そこには、結構な大きさのシップが多数、鎮座していて、中々壮観な眺めであった。

 その中にある、ひと際大きく、新しい機体の前に二人は止まった。

 ロールアウトしたばかりのこのシップは、新品故にキツめの日差しをそのネイビーブルーの装甲に反射させ、キラキラ輝いている様にも見える。

 そんな光景を目にして、額の汗を拭いながら、自転車にのった男はにやりと笑った。
 カタログの画像等ではない実物を目にして、思わず表情に出てしまったようだ。

 どうやら、このぴかぴかの宇宙船が、急いでいた理由のようである。

 やがて、シップの影からパリッとしたスーツ姿のセールスマンが現れた。
 そのスマイルは大口の顧客を前にしてか、営業用ではなく本当ににこやかで、対峙した男もつられて表情が緩む。

「やあ、星永さん、お待ちしておりました!」
『暑い中、ご苦労さんです』

 セールスマンの差し出した手を、名を呼ばれた男、星永が握り返す。
 その手がやや手汗で湿っていたのは、結構な時間待っていたからだろうと、少々申し訳なく思う。

「どうですか、このシップの出来栄えは! ご要望通りの機能をすべて盛り込んだオーダーメイドですよ!」
『いやー、CGである程度は外見が分かっては居ましたが、実物を見ると改めて感動しますねェ』
「ここまでの規模の装備を持った船はわが社としても滅多と受注出来ないですから、気合を入れて建造させて頂きました! 最大の特徴はなんといっても…………」

 やはり男である以上、こういった物を前にした時は気分が高揚するのだろう。
 セールスマンと星永も、強めの日差しの下にいる事も忘れて、鼻息を荒くして話す。

 そんな二人をみて、やや呆れながらも、少々うんざりした感じで女の方が口を開く。

「テット、こんなあっつい所で話してないで早く中を見ようなのヨ。ミラリィ、チャリで走って喉乾いたのヨ!」
『おっと、そうだな。…………すいません、話し込んでしまって。中を案内してもらえますか?』
「いえいえ! ワタクシもつい我を忘れてしまっていました! では案内がてら納品の手続きを進めさせていただきます! ここのスペースベイは路駐のみでタラップがありませんので、搬入口を降ろして入りましょう! さぁ、こちらへどうぞ!」

 そういってセールスマンが彼だけに見える仮想ウィンドウを操作すると、シップ中央下部が開き、スロープ状になった。

「出入りや物資の積み込みは主にここからになります! 奥に向かいながら説明していって、ブリッジに着いたら引き渡しの手続きをしましょう!」
『よろしくおねがいします。…………ミラリィ、行くぞ』
「やれやれ、やっと一息つけるのヨ。アイスティー淹れて欲しいのヨ…………」
「でしたら、プラントユニットの試運転がてら、冷たいものでも合成してはいかがでしょうか? この奥にある…………」

 そういうやり取りをしながら、若干ふらふらしつつシップへと入っていく3人。
 
 初夏とはいえ油断していると熱中症になりかねない。
 くれぐれも気を付けよう。

 さて、ここで説明の概要とシップのスペックをセールスマンに代わって記しておこう。

基本モデル:アリコーン級深宇宙探査船クラスベースシップ
全長:320メートル
全幅:75メートル(ウィングユニット最大展開時は150メートル)
全高:50メートル(ランディングギアは含まず)
主機:PGHUジェネレーター(プラズマ・グラビティ・ハイブリットユニットの略)
副機:重力ジェネレーター 二基(ウィングユニットに内蔵)
   プラズマジェネレーター 三基(ウィングユニット及び機体後部スラスター)
総出力:50twh
武装:対空光学物理両用バルカンユニット ×10(上部に6 下部に4)
   プラズマブラスターキャノン ×2(ウィングユニットに内蔵)
   グラビティプレッシャーキャノン ×1(胴体下部に懸架)
   対空用ミサイルセル ×20(機体上部に左右対称10セルずつ)
   宙気間両用魚雷発信管 ×6(艦首横に3ずつ)
その他:農業用プラントユニット内蔵
    万能工業工作装置内蔵
    MDF(汎用可変戦闘機)×2搭載
    リニアカタパルト ×2
    簡易医療ユニット内蔵
    ほか、作業用ボットなど……

 上から眺めると、鏃の様な形をしていて、ランディングギアを兼ねたスラスターが脚の様にも見えることから、アリコーン級という名前が付いた。

 あくまで民間の探査船なので、武装は少な目だが、その分長期のミッション遂行をサポートする設備が整っている。

 その充実っぷりたるや、もはやこの船が、1つの村落であるといってもいいだろう。

 仮に住んでいた惑星が消滅して(あくまでも仮に、だが)しまっても、このシップに乗って脱出すればそのまま一生涯宇宙で過ごすことも出来る。

 もちろん、「出来る」だけで、実際にはそんな機会はないし、それに耐えられる人間も居りはしないのだが…………。

 果たして、説明と引き渡しも済んだようだ。三人がタラップから降りて来た。

「手続きと説明は以上です! ご注文ありがとうございました!」
『ええ、ありがとうございます』
「万が一何かしらトラブルがございましたら、最寄のわが社系列会社のドックへご相談ください! …………では、これにて失礼します! 今後ともごひいきに!」

 そういってセールスマンは深々とお辞儀をすると、シップの脇に停めてあった、ロゴの入ったエレキカーに乗り込んで颯爽と走り去っていった。

 去り際にちらちらと目線を動かしていたのは、仮想ウィンドウで時間を確認していたからだろうか。

 きっとまだ他にも仕事があるのだろう。
 ご苦労なことである。

 セールスマンの車に手を振って見送った二人は、振り返って自らの物となった宇宙船を見上げる。

 しかし、男の方、星永の表情は嬉しさと希望に満ちたもののほかにどこか暗い影があるような、そんな複雑なものであった。

「…………ハテ、嬉しくないのヨ? ねんがんのうちゅうせんをてにいれたぞ! なのヨ?」
『その言い回しは何か不吉な感じがするからやめろ…………まぁ、欲しかったのは確かだけど、買うのに踏み切った理由がな…………』

 女の方、ミラリィが軽口を言いつつも浮かない星永の顔を覗き込む。
 どうやら、彼女なりに気を使っているようだ。

 それでも尚、星永の態度から堅いものは抜けきらない。

 「買うのに踏み切った理由」とやらを思い出し、せっかく手に入れた宇宙船の喜びを雲散霧消させてしまったようだ。

 何故、ぴかぴかのカッコいい宇宙船を手に入れたのにうれしくないというような、訳の分からない状況になっているのかは、星永という人物のこれまで歩んできた人生について語らねばならない。



 先ほどから苗字が判明しているこの男、フルネームは|星永哲人《ほしながてつひと》という。

 年齢は45。
 不惑の年を2つ3つ越えた、といったところか。

 といっても、この時代では医学の発展によって人類の寿命は200年以上に伸びているので、21世紀位を基準とするなら、まだアラサーにもなっていない若輩者である。

 身長は170㎝程で、ひょろっとして細長い。

 だが、近づいてみれば、その体は鋼線を一本づつより束ねたかのように高密度で強靭な筋肉を持っている事が分かるだろう。

 やや強面の顔つきをしているが、その割には目が大きく、そして意外とつぶらな瞳をしよる。
 しかもそれが少年の様にきらめいているので、相対すれば、細身の刀剣の様な、鋭く尖った見た目とは裏腹に親しみやすさを覚えるだろう。

 髭は無く坊主頭と、高校球児(この時代にも勿論いる)の様な清々しい頭部をしているのは、手入れをするのが面倒だからというものぐさからくるものである。
(ちなみにハゲてはいない)

 …………この様にイカつい見た目をしているのは、肌が弱く、少しでも毛が伸びていると、首元や襟足に汗疹ができてしまうというやむを得ない事情もある。

 元々は、宇宙の治安を維持する組織、スペースガーディアンの隊員であったのだが、職を辞してスペースライダーになったのが10年前のこと。

 それから更に10年、経験を積み、遂にこうして自分のベースシップを手に入れるまでに成長した。

 スペースガーディアンになったこと。
 そして、スペースライダーに転向し、高性能な宇宙船の建造を決断した理由。

 これらを説明するには、この男の幼少期にまで遡る必要がある。

 …………

 哲人は、このスプリングビッグポートシティで生まれて育った。

 誕生日は3月の上旬。
(とある高名な電異のアイドルと同じ日である)

 遅生まれだった哲人は、体も弱く、あまり周りに馴染めなかった。

 小学校に上がってすぐは、何をやっても上手くいかず、俯いてばかりいる少年であった。

 そんな哲人の様子をみて、父であるスペーストラック野郎、星永久松は大変心を痛めていた。

 そしてある時、長距離銀河運送から帰った後に、哲人をVRクラシックアミューズに連れていった。

 このVRクラシックアミューズとは、いわば大昔の「ゲーセン」を模したフルダイブ仮想空間である。

 従量制で、課金期間中は無制限に遊べる、この時代のちょっとした娯楽である。

 仮想空間にダイブすると、旧貨幣の入った財布がポケットの中に入ってくる。
 これは、ゲームを始める時は筐体に百円玉を入れないといけない、持っていなければ千円札を両替する、などの当時の状況を実現する為のものである。

 紙幣や硬貨は廃止されているので、わざわざ仮想空間で再現しているのだ。

 この無駄のない無駄な凝りようがこのサービスの人気の秘密である。

 レトロ・ゲームが大好きだった久松は、哲人と色々なアーケードゲーム……。
 とりわけ、対戦格闘ゲームを教え、事あるごとに哲人と一緒になって入り浸った。

 ひどい時は、朝から一日中遊んで夜にフルダイブから覚醒して現実に戻る事もあると言う有様である。
(そしてブチ切れた母・令がとうとう久松を瞬〇殺でフルボッコにしてからは流石に控えるようになった)

 そんな哲人が特に気に入ったのは、ZEKAが開発した、リアル志向CG格闘ゲーム

「電異武士(サイバーモノノフ)」であった。

 なかでも、見た目が忍ぶ気など全くないド派手な忍者風のキャラ、「日照」がお気に入りで、ゲームの腕前もなかなかのものだった。
(それこそ、ローカルな大会で優勝してしまうぐらいに)

 そんな親子のやりとりを始めて一年程経つと、哲人はわずかながらではあるが明るさを取り戻した。

 だが、それはあくまでこのゲーセンにいる間だけだ。
 外に居る時は相変わらずだという。

 このままでは最愛の息子は仮想空間に閉じこもったままとなってしまう。

 悩む久松だったが、何となくグローバルネットで情報を漁っていたある時。
 
「息子を元気づけて悩みを解決出来るかもしれない」
 
 と思われるアプリケーションを見つけた。

 …………この「電異武士」のメイン開発者は「佐藤ケン」という人物である。

 まだゲームがドット絵の頃に3Dゲームを生み出してから以降、時代を先取りするようなゲームを世にリリースしつづけた鬼才である。

 そんな彼が、今際の際にて子孫に1つのプログラムを託してこの世を去った。

 そしてそれは、24世紀の現在にまで連綿と開発が受け継がれ、ついに日の目を見た。

 それが、「電異武士修練プログラム」である。

 このプログラムは、「電異武士」の登場キャラを師匠とし、技を実際に身に着け、仮想の武術を現実に誕生させちまおうぜ! という、ぶっ飛んだものであった。
(しかも、登場キャラごとに別々のプログラムがあるという凝りようである)

「ゲーム誕生350年を記念した、ファンサービスか?」

 と言われていたが、実際の中身は、

「これ本当に仮想のものなんか( ^ω^)?」

 と疑問を持つ程リアルなものであったという。

 その内容は過酷の一言で、航宙軍の海兵隊が行う格闘教練プログラムの数倍は厳しいという有様である。

 一度起動すれば、アンインストールしない限り作動し続ける。
 
 そして、起きている間は肉体に高負荷の動作制限を課して筋力を鍛え、寝ている間は仮想空間にてひたすら師匠キャラとの技の鍛錬をするという、

「鍛錬の汗を修行で流す」

 というガチの|苦行僧《カトゥー》も裸足で全力逃亡を図らざるを得ないような生活が、アプリケーションの設定した基準を満たすまで、即ち免許皆伝まで続くのである…………。

 佐藤一族は、実際に関連する武術家達に弟子入りし、新たなる武術を生み出すまでに鍛錬を重ねた。

 そうして実際の体験をもとに生み出されたアプリケーションは、まさにリアル志向を志した佐藤ケン氏とその子孫たちの執念、いやむしろ狂気か? によるものであろう。

 父・久松は、このたまたま見つけたアプリケーションがそんなとんでもないブツであるとは露程も思わず、ただのファンディスクと考えたようだ。

 特に深く考えず、哲人の誕生日プレゼントとして、彼のお気に入りキャラ「日照」のデータをプレゼントしてしまった。

「真似事でも体を動かして強くなれば、自信をつけてくれるかもしれない」

 そう思っての事だったのだろう。

 結構なお値段のするこのアプリケーションを、ボーナスをはたいて買い与えたのだ。
(後で値段を知った母・令が、疾風〇雷脚を久松に食らわせて吹き飛ばす位に高額である)

 余りにもリアルかつ過酷すぎる内容から、売れゆきがよろしくない上、最後まで修めるものもいないようなアプリケーションではあったが、なんと哲人は仮想の師匠の教えをすべて受け継ぎ、とうとう免許皆伝の称号を授かってしまった。

 哲人は、日照の流派「|暁光流杖天柔術《ぎょうこうりゅうじょうてんじゅうじつ》」の、現実世界においての開祖となったのだ。
(後日このことを知った佐藤一族から、感状が贈られた。これは哲人の宝物となった)

 この体験は哲人に大きな自信(かなり行き過ぎているが)を与えた。

 実際、仮想の格闘技を現実に再現したのだから当然であろう。

 彼はもう、俯いてばかりいる泣き虫の少年ではない。

 電異の世界より生まれた近未来の、誇り高き|武士《もののふ》なのだ。

 こうして、哲人はようやく少年らしく(?)振る舞えるようになったのだ。
(そんな様子をみて、父、久松は「…………何か違うけど、うまくいったからヨシ!」と何もないところを指差し呼称したあと、母・令にF〇Bを食らった。何を見て「ヨシ!」っていったんだろうな?)

 だが、平和な日々は終わりを告げた。

 天はこの父子のやり取りを微笑ましいものとしてではなく、更なる試練へ誘う為のきっかけとしたかったのだろうか?

 星永一家に、かつてない程の不運が襲い掛かった。

 哲人が高校にあがって間もなくの事である。

 最愛の父・久松が、長距離銀河運送での復路にて、行方不明となったのである。

 消息を絶つまでの、作業中及び通信記録にも全く不審な点はなく。
 また、反応がロストしたポイントも「宇宙の幹線道路」といっても差し支えない位には頻繁に宇宙船が行き来している場所である。

 まさに忽然と消滅…………。

「神隠し」にでもあったのか…………としか考えられない状況であった。

 余りにも不可解!
 また、治安維持の面でも看過できないエリアでの事件であった。
 
 それ故に世間の注目度は高く、銀河連邦宇宙警察は、組織の総力を挙げての捜査が成された。

 だが、それは難航を極めた。

 そして何の手がかりも得られぬまま広宇宙域失踪捜査規定である3年を迎え、未解決事件として記録にのみ残された後、捜査は打ち切られ。

 …………やがて誰からも忘れられていった…………。

 時を少し巻き戻そう。

 久松が失踪してから約3か月程経った。
 共に騒ぎ、また心の支えでもあった父を失い、哲人ら星永一家は悲しみに暮れ、笑顔は失われた。

 妹・春香は、ろくに食べることもせず、部屋に閉じこもりきりであった。

 哲人もまた、心に穴が空いた、いや、半分を喪失してしまったと言ってもいいだろう。
 つらい現実から目を背けるように、学校にも行かず、ひたすら自らの技を錬磨し続けた。

 そうやって体を動かし、体力が尽きれば倒れるように眠った。
 そうしている間は、少しは気も紛れたからだ。

 そんな子供たちの様子を悲しみ、また、自らも苦しんでいた母・令は、ある人物に救いを求めた。

 それは哲人が通っていたイーストブライト中学校の主任教諭、「|羽生雅也《はいくまさや》」という人物である。

 彼は人の持つ長所を的確に見抜く眼力をもっており、生徒たちに眠っていた適性を引き出すことに長けた。

 また、カウンセラーとしても一級で、悩める学生達の不安定な心を支えてきた。

 性格は冷静沈着で品行方正、頭脳明晰だが偉ぶったところはなく、誰に対しても隔たり無く接し、全生徒に慕われている。
 率先垂範を是とし、校内の美化を真っ先に努め、更に設備や用具に不備があれば、直ちに生徒たちと共に修繕を行い汗を流す。

 まさに賢者、そして聖者と呼ぶに相応しい人格者で、この時代においても、数少ない真の教育者といってよい。

 勿論、哲人も進路相談などで、多大なる恩を受けている。

 そんな神に最も近い男であるとっても過言ではない羽生氏は、意外にも父・久松と同級生で、竹馬の友であった。
(賢者と遊び人、どこにひかれあう所があったのだろうか…………?)

 母・令とも見識があり、また、一家を襲った不運にも、氏は耳にした時から心を痛めていたため、面会は容易く実現された。

 そして、哲人たちは、この宇宙賢聖から1つの知啓を賜った。
 その内容は、要約すると以下の通りである。

「残念ながら、私の力ではあなた方一家を救う事はできない。だが、悲しみを乗り越え、未来へと再び歩き出せるように、道を示すことはできる。まっちゃん(久松のことである。)と私のほかにもう一人、幼い頃に友誼を深めた人物が居る。宇宙をあちこち飛び回っている学者で、気になる事は、とことん探求しなくてはいられない性分故に、私の知らない様な事を数多く知っているだろう。その人なら、まっちゃんの行方について、我々には思いもよらぬヒントを思いつくかもしれない」

 かくして、賢聖の導きにより、哲人は自身の人生に最も影響を受けた人物との邂逅を果たした。

 その人物の名は「ジョーンズ・レイダース」。

 哲人らの心の暗雲を振り払い、しかしついでに、新たなる試練の嵐を哲人に(だけ)もたらすことになる男である。

 ジョーンズ・レイダースは、宇宙考古学を研究する博士である。

 彼は地球に残った、未だ出所が判明せぬ遺物から、遥か太古に滅んでしまった超古代文明の存在を主張していた。

 時代が時代なら、「テレビの見過ぎ」といって異端扱いされて終わってしまう論説であるが、今は宇宙大航海時代なのだ。

 彼は、実際に自らあちこちの銀河、惑星に赴いて探査し、その痕跡を数多く発見して、

「僕は絶対に嘘なんかいってない!」

 という事を自ら証明してみせた、生粋の冒険者である。

 常識という枠組みでは、彼の見ているであろう世界を理解する事は出来ない。

 その探求心からくる、謎を的確に嗅ぎ分ける嗅覚は、まさに宇宙に進出した新人類といったところか。

 面談の際に、深刻な表情であった哲人ら(やむを得ない事ではあるが、今にも心中しそうな落ち込み様であった)の緊張を解きほぐす為に彼が語った武勇伝は、哲人を魅了した。

 哲人は、今まで出会ったことのない、この熱き情熱をもつ冒険者の事を、敬意を込めて

「センセイ」

 と呼ぶことにした。
(本当の意味での先生は宇宙賢聖なのだが、話しかけるのが畏れ多く感じたのか、哲人は羽生と必要以上に接する事はなかったので、こういう呼び方をするのはジョーンズのみである)

 そして、ある程度哲人らが落ち着いた頃合いに、自身の集めた遺物や遺跡の発掘データ等を交え、彼が提唱する論説である超古代文明の存在について説明したあと、久松の失踪についての推測を述べた。

 それは、

「古代人の遺した技術が何らかの理由で事件のあったあの時、あの場所に作用した」

 というものであった。

 古代文明の遺跡は、宇宙の広範囲にわたって存在が確認されているが、遺物から推測される技術水準では恒星間航行が不可能である、という事が分かっている。

 現状発見されている遺跡は、建築の様式や彫り込まれた文様等の意匠から、間違いなく同一の文明によるものである、と断定できる。

 それが、広い宇宙に、全く統一されず…………まさに行き当たりばったりに…………散らばって存在している。

 それこそ、「瞬間移動」でもしない限り。

 そう、ジョーンズは、古代文明の人々は「ワープ」の技術を持っていた可能性がある事を突き止めていたのだ。

 …………この事実は、世間への悪影響を考慮してまだ公にはしておらず、一部の者しか知らない。
 にもかかわらず哲人たちに言って聞かせたのは、尋常ならざる表情をしていたから一先ず安心させようという理由からである。

 だが、それ以上に、ジョーンズは哲人に対して自分と同じ…………武術と史実という違いはあれども…………探求心を持つというシンパシーを覚え、目の前にいる少年を手助けしたくなったのである。

 自らの推測を語り終えた後、宇宙冒険者は哲人にこう言った。

「哲人君。まっちゃんはきっとまだ生きているよ。私の考えと、今回の出来事は無関係じゃあないと思うんだ。彼は何らかの理由で生まれた古代の技術の影響を受けたのだろう。果たして、それがどんな原因なのかはわからないが…………何か発見した事があれば、君にも知らせよう」

 宇宙冒険者は、可能性はゼロでは無く希望はある、という事を伝え、一家を安心させたかったようだ。

 だが、この言葉を聞いた哲人はそう思わなかったようだ。

『何か得体の知れないヤツが、誰も知らない力を身に着けて、隠れてコソコソ悪さしてるに違いない! ゆ゛る゛さ゛ん゛! 絶対見つけ出して、必ずこの手でぶっ倒してやる!』

 この斜め上の閃きは、辛い現実から目を背ける為の逃避なのかもしれない。

 だが、今にも心中でもしでかそうであった少年とその一家を思いとどまらせることには成功した。

 その瞳に熱意を取り戻し、より一層修練を積む哲人を見て、母・令と妹・春香も再び希望を取り戻す事が出来たのだから。
(母・令には、別の心配事ができてしまったが)

 こうして、3年ののち。
 捜査の期限が切れると同時に、哲人は高校を卒業。

 更に2年の訓練期間を経て、銀河の防人、スペースガーディアンに入隊したのであった!

 …………余談だが、哲人が入隊した際に、困惑した母・令がジョーンズに相談したところ、ジョーンズは

「”私が何とかするから安心したまえ”という意味で励ましたつもりだったのだが、彼には隠れた悪党の姿を垣間見たようだね。なかなかの浪漫チストじゃあないか! ガッハッハ!」

 と悪びれもせず豪快に言い放ったそうだ。
(そんなジョーンズは、怒り狂った母・令の真・昇〇拳を食らい、ぼろ雑巾の様にのされて3日程寝込んだ)

 哲人の謎の閃きに関しても……。
 自身の事であったにもかかわらず、年を経て尚、何度振り返って考えてみても何故そんな風に思って憤ったのかさっぱり理解できなかった。
 
 その後の人生を過ごす活力となったことは間違いない。
 が、釈然としないもやもやに、ただただ、首をひねるばかりであった。

 |閑話休題《それはさておき》、ここで哲人が入隊したスペースガーディアンについて簡単に説明しておこう。

 宇宙に進出し、版図を広げた人類であったが、あまりにも広大すぎてそのすべてをお上が治めるのは難しい。

 一応、警察組織である「銀河連邦警察」という、銀河のお巡りさんも居るのだが。
 所轄単位ではせいぜい一星系ごとが限界。
 
 辺境の宙域(地球から見て)や、銀河物流航路から大きく離れた……。
 俗にいう「裏道」等は到底カバーしきれない。

 また、通常の司法集団では対応が難しい、凶悪な犯罪者も存在する。

 「スペースローグ」である。

 この連中は、言ってみれば、「宇宙暴徒」「銀河のマフィア」である。

 厳格なルールを守るため。
 また、多くの人々が幸福に生きる為。

 人間ひとりひとりにAIが付き従いサポートする事で、人は道を踏み外すことなく、自身の人生を楽しくまっとう出来る。
 そんな極めて高度な社会システムを構築している世の中ではあるのだが……。

 当然、そこから落伍してしまう者も中には存在する。

 彼らは、ルールに縛られるのを良しとせず、ただただ己の本能に従い、宇宙に破壊と災いを振りまく魑魅魍魎である。

 そして、自分自身が何をおいても正しく、周りが手放しに絶賛する事以外を許さないという無駄に高い自尊心を持つせいで、大きな集団を作らない。

 故に、神出鬼没で、根を絶てず尽きる事がない。

 こういった厄介な連中と戦い、お巡りさん達の手助けをする武装集団。

 それこそが、銀河の防人、スペースガーディアンである。

 その活動内容は多岐にわたる。

 「裏道」の物流航路の護衛。
 深宇宙で発生した遭難事故のレスキュー。
 そしてスペースローグの殲滅。

 こういったミッションを数多くこなす。

 まさに守護神。
 宇宙の治安維持には無くてはならない組織なのだ。

 彼らは、人類が広げた「領土」を12分割し、1エリア毎に3班へと分かれたチームが、更に3交代で常に巡回。
 ひと月経つと隣のエリアに交代というサイクルで活動している。
(一年経って、最初のエリアに戻ってくる事をスラングで「還暦」という)

 3×3の部隊が12あるので、全部で108の隊がいる事になる。

 哲人は、その内の第96分隊に配属される事となった。

 そして、持ち前の武力とストイックさをもってめきめきと頭角を現し、3年後には部隊長を任される程に成長した。

 特に、スペースローグへの取り締まりは苛烈の一言。
 ひとたび自らの射程に捉えたらば、必ず跡形もなく消し去ってしまう程であった。

(まだ新人の頃は、言葉通り宇宙のチリに変えてしまっていたため、その後に銀河連邦警察へ引き渡しができず、一部捜査に支障をきたしているとクレームが入っていて、その処理に追われた分隊司令であるジャン=クロゥエンの毛根と胃壁にも深刻なダメージを与えていた。その事に気づいてからは、相手が死ぬ半歩寸前でとどめる様になった)

 スペースローグ達からは、彼が操るMDFの、シルバーで塗装された装甲が恒星の光を強く反射して光り輝いていたことから

「|銀色の太陽《シルバーソル》」
「|輝く殲滅者《ブライトネスディザスター》」

 等という名でもって恐れられた。
(スペースローグ達はかなり重度の中二病に罹患するものが多い。わざわざ太陽を英語のサンではなくラテン語のソルといっている辺りからもその深刻さが窺い知れる)

 そんな恥ずかしい二つ名をつけられているとは露知らず、ひたすら働く哲人であったが、忙しい合間を縫って久松を捜索する事は忘れなかった。

 スペースガーディアンの活動サイクル上、一宙域に滞在する時間は短く、集められる情報も少なかったが、それでも懸命に探し回った。

 だが、目立った結果は得られなかった。

 それでも、数年は必死に藻掻き、足掻いて捜査を続けた。
 だが、その後は治安維持活動に忙殺されて、捜索もおざなりになっていった。

 そして気づけば、15回目の「還暦」を迎える時期に差し掛かっていた……。

 哲人は、いつしか自分が久松の生存を諦めてしまっている事に愕然とし、自責の念に駆られ、自分自身に失望した。
 
 何をしていても上の空。
 提出ドキュメントにはくだらないミスが目立つ。
 スペースローグも死ぬ一歩寸前までにしか追い詰められない。

 これまでの活躍からは程遠い、精彩を欠く、ひどい落ち込み様であった。

 見かねた分隊司令官・ジャン=クロゥエンは、哲人に有給消化も兼ねて早い目に帰省するように勧めた。
(「還暦」する月には隊員に長期休暇が与えられる決まりになっている)

 こうして、図らずも長期休暇を言い渡された哲人。
 例年よりも一足先に、生家であり、母・令が営むお好み焼き屋店舗でもある「もこやん」へと帰宅する事になった。

 だが、その足取りは重かった。
 
 それもそのはず、哲人は母・令に

「何の成果も得られませんでした!」

 という、何度目になるかわからない報告をせねばならないのだから。

 そんな暗い気分を抑え込み、母・令の千〇脚を食らう覚悟で(実際には、一度も殴られたことはないが)もこやんの扉を開いた時。

 意外な人物が客としてお好み焼きを食べているのが目に飛び込んできた。

 なんと、滅多に地球へ帰ってこない「センセイ」ことジョーンズが、モダン焼きをつまみに一杯ひっかけていたのである。

 今までにも、通信では定期的にやりとりしていたのだが、こうして直接会うのは実に15年ぶりである。

 普段は酒を飲まない哲人だが、この時ばかりはジョーンズと飲み交わすことにした。

 そうして、宴もたけなわとなった時、ジョーンズは哲人に1つの提案をした。

「本格的に深宇宙を探索する為に「旅団」を作ることにしたんだ。哲人君も入らないか?一緒に宇宙を冒険しようじゃないか!」

 「旅団」というのは、スペースライダーが活動する為に設けられた新たな制度である。

 これまでは、スペースライダー達は個人単位で依頼を請け負っていた。

 だが、広がり続ける版図と、年々凶悪になりつつあるスペースローグの跳梁により、ただでさえ成り手の少ないスペースライダー達も数を減らしつつあった。

 その事を重く見た銀河連邦政府は

「最近世の中物騒になってスペースライダー宇宙で活動できないンゴ…………」
「せや! ある程度団体でまとまって行動せなアカンようにしたろ!」

 という思い付きにより、専用の省庁「深宇宙探索庁」を設立し、そこに3人以上のメンバーで構成された「旅団」を登録する事を義務付けた。
(どこかの旅団に所属していれば、メンバー同士が即座に救助出来る範囲内ならソロ活動は可能である。尚、これ以前のスペースライダーを管轄する省庁は厚生労働省で、個人事業主扱いであった)

 これまでジョーンズは単独で宇宙を飛び回っていた。
 ……のだが、一学者として活動していたので、その範囲は狭い。
 
 更なる深宇宙を探索する事が出来ず調査に行き詰まっていたのだ。

 彼はこの制度の設立を機に自身もスペースライダーとなり、加えて哲人を勧誘する為、地球へと戻っていたのである。
(ジョーンズは探求心こそあれど、あくまで学者なので戦闘力は皆無であり、哲人の武力をアテにするのは至極当然の成り行きであろう。更に、教授として本来の生業を完全に放棄できず、定期的に大学へ戻る必要があった。その間の依頼や調査を代行して欲しかったという、割と身も蓋もない理由もある)

 哲人もまた、スペースガーディアンを続けながらの捜査に限界を感じていたので、ここに両者の利害は一致した。

 こうして哲人は、スペースライダーとなり、旅団「熱き冒険者」に所属することとなった。
(哲人が辞表を提出した30秒後に、分隊司令官・ジャン=クロゥエンから必死の引き留めコールがかかってきたのは言うまでもない)

 メンバーは10名。
 ジョーンズと哲人他、メカニックやオペレーター等、ライダーではないが活動をサポートする人たちからなる。

 これらの人々は、ジョーンズの大学の学生や助教授達で、ジョーンズが強引に連れて来た。
(旅団は、代表者がスペースライダーなら、構成員は必ずしもそうである必要がないという規制緩和がなされている)

 ちなみに、ミラリィと出会ったのもこの時である。

 「守護神」から「冒険者」にジョブチェンジし、活動の場を深宇宙に移した哲人であったが、やる事は今までとあまり変わらなかった。

 いや、むしろ忙しくなった。

 何故ならそれは……。

 ジョーンズはその迸る探求心を抑えきれず、調査対象を前にすると周りを全く気にしなくなってしまうという……。

 その凄まじいまでの行動力とバイタリティに、終始振り回されていたからである。

 メインの活動はジョーンズの惑星探査である。
 それも、今まで彼が、したくても出来なかった場所の宙域がメインだ。

 それらは大抵の場合、「裏道」を更に外れた辺鄙なエリアである事が多い。

 その為、滞在しているだけで、遭難レスキューの要請、主要宇宙航路までの物流護衛、スペースローグ討伐援護と、息をつかせぬ位に絶え間なく依頼が押し寄せてくる。

 本来なら、護衛や戦闘は専門的に請け負うライダーがいる。
 だが、当旅団の赴く場所が場所だけに、「熱き冒険者」の他に要請を送る相手が見つからないのも、事態を危険な領域にまで加速させている要因である。

 尚、蛇足ではあるが、討伐援護の要請は第96分隊からが最も多かった事も付け加えておこう。

 ジョーンズは、一度惑星探査に降り立つと、満足するまで戻ってこない為、それらの依頼のすべては哲人(&ミラリィ)が請け負った。
(スペースライダー認定を受けているのはジョーンズ当人以外では、哲人(&ミラリィ)だけで、他は非戦闘員であるのでやむを得ないことではあるが)

 更に、調査で分析した結果から新たなる調査対象を割り出そうものなら……。
 
 たとえ版図の正反対であったとしても。
 即座に移動を、それも勝手に始めてしまう。

 置いてきぼりを食いそうになったことも数えきれなかった。

 だが、文句を言いにベース・シップのブリッジに上がっても……。
 哲人が口を開く前に、頬を上気させ、少年の様に目を輝かせながら調査で得た成果を楽しそうに語るジョーンズをみて毒気を抜かれ、結局何も言えず仕舞いであった。

 この様な、一見するとブラック企業社長も真っ青のワンマンボスであるジョーンズから、哲人をはじめとする他の面々の心が離れなかったのは、先に述べた純朴さ以外にも理由がある。

 ジョーンズは思う様に調査をしているようにみえるが、実は主に久松の事件が関連する…………つまり転移技術である…………惑星や宙域を選んでいたのである。

 そして、分析の結果得られたデータや推論を真っ先に哲人へ齎した。

 哲人以外のメンバーにも、作業がやりやすいように最新の器具や設備を導入したり、仕事が立て込んで疲労が濃い時は宴会を開いたりと、とにかく手厚く各々の働きに報いる事を忘れなかった。

 彼は、ただ冒険の事だけを考えるだけではない。

 自身の成果が、自分の力だけでなく周りの支えがあって初めて実現したものである事を素直に認められる謙虚さを持った、情に篤い漢なのである。
(だからと言って己の生き様を変えるつもりも全くない困ったオサーンである)

 そんなジョーンズだからこそ、メンバー達は彼を放っておけず、脱退する者もいなかった。

 そして、哲人もまた、牛歩ではあるが確実に真実に辿り着くであろう彼を支える事が己の役割であり、それが久松の事件を解決する事につながると確信をもった。

 こうして奇妙な団結力で結束した「熱き冒険者」の面々は精力的に活動し…………。

 瞬く間に10年の月日が流れた。

 今や「熱き冒険者」は、知らない者がいないくらいの知名度になった。
 同業のスペースライダー達にも、一目も二目も置かれる程である。
(だが、その活動内容は調査探索より、護衛や賊の討伐といった働きの方が大きく、メンバー達を苦笑させた)

 そんな名声を得た「熱き冒険者」であったが……。
 ここにきて突然、解散消滅の危機ともいえる事態が起こった。

 
 ジョーンズが、単独でベースシップに乗り、調査に向かったまま戻ってこなかったのである。

 
 事は2か月程前、3月の上旬に起こった。

 「熱き冒険者」では、メンバーの誕生日を祝って宴を開くという福利厚生が取り決められている。
 そんなルールに従って、旅団の面々は、その月に誕生日がある哲人を祝う為に「もこやん」を貸し切って宴会を開いた。

 飲めや歌えやのどったんばったん大騒ぎ。
 後、酔いつぶれて死屍累々となった店内に、ジョーンズの姿はなかった。

 机の上に

「重要な調査対象がある宙域を思い出したのでちょっと行ってくる。すぐに戻るから安心してほしい」

 という書置きと、宙域の座標を残して…………。

 サブリーダーで、雑務担当のジョーンズの孫、ユリエル=レイダースは

「どうせまたいつものでしょ! ほっときなさいな!」

 と言って、探索を許可しなかった。

 それもそのはず。
 ジョーンズがベース・シップに乗って行ってしまったので、どのみち追いかけようがなかったのだ。

 折しも、宴を開く為にメンバー全員が地球に降り立って「もこやん」に居たため、完全に置いてきぼりにされてしまう形となってしまった。

 困惑する哲人たちであったが。
 こういった事はもはや日常茶飯事。

 開き直って、各々が生業を全うしつつ、ジョーンズを待つことにした。
(ここでもまた望外に長期休暇を得た哲人であったが、その間は、すぐ目につく所で哲人の姿をみることができたので、母・令をはじめとする家族たちは終始ご機嫌だった)

 だが、1か月経っても、ジョーンズは戻るどころか、連絡すら寄こさず……。

 遂には消息を絶ったのである。

 これはいよいよ何かあったに違いない、とメンバー全員が確信した。

 皆動揺を隠せなかったが、とりわけユリエルの嘆きは深かった。
 食事も喉を通らない程に憔悴し、日に日にやつれていった。

 そんなユリエルを哲人は、過去の己の姿と重なって見えた。
 
 そして決意した。

『私がベース・シップを建造して、センセイを救助しにいくよ。皆はどういうシップがいいか、アイディアを貸してほしい。ユリエル、センセイは私が必ず見つけ出してみせる。安心してくれ』

 これを聞いてユリエルは、始めは危険だと反対したが…………。
 他に方法も思いつかなかったので、すべて哲人に一任する事とした。

 かつて、自分を絶望の淵から救い出してくれたように……。
 今度は自分が彼らを助ける番だ。

 そんな熱い覚悟完了をする哲人であった。

 ……が、シップがなければどうしようもない。
 まずはシップメーカーにアポイントメントの予約を取るべくコールした。

 そして、「締まらないな」と、皆のアイディアが詰まったドキュメントを眺めながら、頭を掻くのであった。

 こうして、シップメーカーのセールスマンが満面の笑みにならざるを得ない程の機能を備えた高級シップが建造され、冒頭の複雑な表情をしていた場面に至る。
(ちなみに、シップの建造費用は哲人の自腹である。賊の討伐や、護衛の褒賞の殆どは実労した哲人に、それも結構な額が分配されていたので、出してくれとも言いにくかった)

 さて、ここまで我慢して話を見てくださった聡明な読者諸兄には最早言うまでもない事であるが…………。

 この男、星永哲人は苦労人である。
 それも、超が付くほどに。

 今回もまた、ジョーンズから特大の気苦労を背負わされた形になる。
 折角手に入れた宇宙船をみて素直に喜べないのも、無理はないだろう。

 加えて、「俺に任せろ」だなんて大見得を切ったはいいが。
 実際、ジョーンズの安否はいまだ判明せぬ。

 懸命の捜索も虚しく発見する事が出来ない可能性は高い。

 そればかりか、母・令にそうしたように、今度はユリエルに

「何の成果も得られませんでした!」

 といって土下座しなければならない事態さえありうるのだ。

 そんなネガティブな感情が膨らんでいく事に耐えかねて、思わず弱音を口にする。

『センセイは無事で居られるのだろうか? 簡単に見つかればいいのだが』

 そんな辛気臭い哲人に堪えきれず、頬を膨らませながらミラリィが叫ぶ。

「あのゴキブリよりしぶとい、冒険狂いのハゲがそう簡単にくたばる訳ないのヨ! どうせ「調査に夢中で通信するの忘れたわい、ガハハ!」とかハゲ散らかしながら言いやがるに決まっておるのヨ!」

 暗い空気を変えようとして、あんまり似てないジョーンズの真似を交えて軽口をたたく。

 突然大声を出したミラリィに少々面食らったものの、確かにその通りだと思い、ようやっと相好をくずした。

『ンフッ、そうだな。あのセンセイの事だ、寝食も忘れて遺物を漁ってるに違いない。うぬの言うとおりにな。それしにても…………ンフフフッ…………ハゲ散らかすのは関係ないんじゃあないか?wwww』

 と、ミラリィが言ったように、そんな感じに豪快に笑うジョーンズの姿を想像して思わず変な笑いがこみあげてきた。

 哲人が普段の調子を幾分か取り戻した事に気をよくしたミラリィが尋ねる。

「フンッ! テットにいっぱい心配かけおってからに! あのハゲェ……見つけたらたたじゃあおかぬのヨ! その残り少ない毛根を、それこそ根こそぎ範囲狩りで殲滅してやるのヨ! …………で、それはそうとテット、すぐに出発するのヨ?」
『ンフフ、相変わらずナチュラルに口の悪いヤツだな。センセイはハゲてないだろ…………ただじゃあおかんというのは同意するけどな。…………そうしたい所なんだが、まだ必要な物資が何も搭載されてないからな。出発は明日になるな』

 そういって哲人が開いたままの搬入口を指さすと。

 なるほど、作業用ボットやオートフォーク達がコンテナに詰められた物資を、一所懸命、真新しいシップに運び込んでいるのが見えた。
(フォークのボディには、「進路を遮って私の邪魔をしないでいただきたい!」と書かれたステッカーが貼られていた)

 それを見たミラリィが首を傾げる。

「オヨヨン? いつの間に用意しおったのヨ? メーカーのサービス?」
『いや、あれは旅団の皆が用意してくれたヤツさ。金出してないし、同行も出来んからせめて…………ってな』

 普通ならメンバー全員で

「探索にのりこねー(*´Д`)」

 と行くところなのだが。

 今回の一件はどの程度危険なのかもわからない、得体の知れない事態である。

 下手をするとミイラ取りが木之井となって即身成仏もあり得た。
 そんな訳で、哲人がメンバーを説得し、ミラリィのみを伴って救助へ向かう事にしたのだ。

「熱き冒険者」御一行様の全滅の最後となり、ユリエルはもちろんの事、他のメンバー達の残された家族らを苦しめるという事態は、なんとしても避けたかったからである。

 合わせて、万が一にでも……。
 自分たちが救助に失敗し、戻ってこなかったらば。

 お上に捜索願を申し出てもらうようにも付け加えてある。
(ここで自分を二の次に考えているから苦労人なのである)

 当然ながらユリエルは最後まで

「やはり救助に向かうのか…………いつ出発する? 私も同行しよう」
『ユリエル院!』

 といって聞かなかったが。
 何とか説得し、やっとの事で思いとどまらせた。

 ならば、とユリエル達は必要な物資を前もって準備してくれたのである。

『とまぁ、見ての通り、どっちにしろ物資の搬入は明日までかかるって事だ。作業ボットを急かしたり、蹴とばしたりする訳にはいかんだろう? そんな事したら仕事が雑んなって、困るのは私たちだからな。フツーの仕事なら兎も角、我らはスペースライダー。アリの一穴が命取りになることだって十分ありえるのだぞ』
「むぬぅ! 一メートルが一命取る! ってヤツなのヨ! ならば致し方なしヨ…………で、今日はどうするヨ? 早速シップの居住性を試すのヨ?」

 とちょっぴり上目遣いで、顔色を窺うように尋ねるミラリィを、じっとりとした目でにらむ哲人。

『ぬっ! うぬはまさか、自転車で「もこやん」で帰るのが邪魔くさいからそんな事言うんじゃあなかろうな?』
「………………ニョホッw」テヘペロ(*‘ω‘ *)

 笑って誤魔化すミラリィであったが、哲人は尚ジト目を送り続ける。
 しばらくすましていたが、結局沈黙に耐えかね、吠えるミラリィ。

「ショーがないじゃないのヨ! ああそうですヨ! アッチーのヨ! めんどいのヨ! ここまで遠いのヨ! それに、帰ったらまたここに来なきゃあならぬのヨ! それもチャリで! クッソ邪魔くせーじゃねーのヨ!?」(# ゚Д゚)ウガー!

『ンフフッ! なんてやっこだ、開き直りやがった。そんな大した距離じゃないだろうが! 帰ったらオカンにアイス最中作ってもらってやるから。兎に角今日はひきあげじゃあ! ホレ、イクゾー!』

「テッテッテテテッ♪ じゃないのヨ! むう! 最中からはみ出る位にアイス大盛をキボンヌするのヨ! もちろんストロベリーとのマーブルで!」

『なんだよそりゃあ! それじゃほとんどマリトッツォだろうがw』

「だったらアイスマリトッツォ最中として売り出せばいいのヨ! 女学生のハートをヒートエンド必定ヨ!」

『フハハ…………なんだよそれ、どれか1つにしろってんだ、あと、お客の胸吹っ飛ばすなよ…………』

 軽口を叩きながら、自分たちが元来た道を自転車で帰る二人。

 そんな彼らは、(どこの胸かとは言わないが、体の一部分がはみ出して隠れ切っていない)何者かが、物陰に潜んでずっと様子をうかがっていたのに気づく事は出来なかった…………。

 「もこやん」に帰宅した哲人は、ミラリィにアイス最中を作る母・令に明日出発することを告げた。

 令は、ミラリィの口にアイス最中をねじ込みながら、一瞬、悲しげな表情をしたものの……。
 すぐに笑顔に戻り、哲人の無事を願い、応援してくれた。

 その日の夜は、家族(&ミラリィ)の皆ですき焼きをつつき、ささやかながら壮行会とした。

 そして夜が明け、日の出と共に出発する哲人を、令は火打石を打ち付ける、所謂「切り火」でもって送り出したのであった。
(と同時に、ジョーンズが無事帰還したならば、真〇竜〇を食らわせてズタボロボンボンにする事を堅く誓った。センセイ逃げて! 超逃げて!)

 さて、そんなこんなでピカピカのシップに乗り込み、ブリッジにあるシートへ座る二人。

「…………おー、すごい座り心地いいヨ! この破壊力ばつ牛ンのフィット感! 旅団のおんぼろシップとは大違いなのヨ!」
『あれは大学の調査艇だからな、古いのは仕方ないさ。…………ヨシ! 灯を入れるぞ。|起動《アクティベート》!』

 哲人のボイスコマンドを受け、船体が僅かにブルッと振動した。

 そして、重力ジェネレーターの、甲高い独特の

「クキィィ…………ィィン!……ィィン…………ィン」

 という起動音が聞こえてくる。

 と同時に、ほんの僅かに地面から浮き上がった。

 これで、このシップは地球の放つ重力の「波に乗った」。
 記念すべき進水の瞬間である。

「ニョホホッ! 「乗った」のヨ! すっごーい!」
『フフ、感慨深いな。いったん降りて船体にシャンパンでも叩きつけたいところだが、一刻を争うからな。早速出航だ!』

 そう言って、哲人が重力反転ペダルを踏み込もうとした、その時である。

「こらー! 勝手に跳んじゃダメですぅ! 他のお舟とごっつんこしちゃうじゃないですかぁ!」

 と、若干舌足らずな何者かが、突然通信を送り付けて来たのである。

「むっ!? …………なあんだ、「漫研」なのヨ! びっくりしたヨー」
「”まんけん”っていうなぁあー!(プンスコ」
『あっと、申し訳ない、「筋引き」さん。とりあえず軌道上まで上がりたいんですけど、どうしたらいいですか?』

 そう、地球上では、すべての乗り物は彼女(?)の管轄である。
 
 たとえ行き先が|衛星軌道上《ちょっとそこまで》でも!
 彼女に申請をし、指示に従う必要がある。
(めんどくせーwwww)

「むうぅ! ちゃんとアタシの指示に従ってくれないと困りますぅー!」
「かてー事いうなのヨ。一気に上がればぶつかりっこないのヨー。ニョホホ!」
「むうぅ! むうぅ! そーやって「ヨシ!」ってやって事故るやっこが多いから言ってるんですぅー! アタシの指示に従ってくださいぃーい!(プンスコプンスコ)」
「そうは言うけど、ここ十年のシップ打ち上げ時での事故は0なのヨ! フフン♪」
「へりくつをいうなぁぁー! それはアタシが頑張ってるからですうぅー! むうぅ! むうぅ!」

 「筋引き」をからかって遊ぶミラリィ。
 
 こういった彼女の反応が、頑固で、全く融通が利かなくても人々に親しまれて、アバターまで与えられている理由である。

『おい、揚げ足を取るんじゃあない、話が進まんだろうが! …………すいませんね、ウチのアホが調子に乗って』
「ほんとだよ! むうぅ! むうぅ! 乗るんだったら調子じゃなくてちゃんとマスドライバーに乗ってくださいぃ!」

 怒り狂いながらも、仕事を忠実にこなす「筋引き」。
 こう言った彼女の反応(以下略)

 いつの間にか、トーイングボットがシップを大型マスドライバーまで誘導していたようである。

 気が付けばいつでも打ち上げが出来る状態である。

「今なら進路クリアですぅぅ! それに乗って勝手に何処へでも行けばいいですよーだ! 貴女なんかいい旅をですよーだ! むうぅ! むうぅ!」
「トンクスwwww ニョホホwwww」
『やれやれ…………ありがとうございます、じゃ、イクゾー!』
「テッテッテテテッ♪ なのヨ!」

 気を取り直して、哲人は、今度は化学推進である、プラズマスラスターのペダルを踏み込んだ!

 マスドライバーの加速も加わり、一気に加速するベースシップ。

「ニョホホwwww …………!? ぐぇぇ!」

 ミラリィには「筋引き」をからかったバチがあたったようである。
 加速によるGによってシートに思い切り押し付けられ、つぶれたカエルの様な声を上げてのしイカになった。

 シップはぐんぐん加速し、やがて、衝撃音と共に音速を超え、それでも尚力強く加速を続ける。
 爽やかな初夏の青空を、陽の光を浴びて輝く宇宙船が疾駆する!

 美しき光の矢となったシップは、故郷・スプリングビックポートシティの至る所から見えた。

 潮見=ポートの公園で朝の散歩を楽しむご隠居とその孫が。
 ビックポート高のグラウンドで青春の汗を流す学生らが。
 臨海工業エリアにて、始業前のレディオ体操をする工員らが。

 皆空を見上げ、微笑む。

 今まさに旅立つ船は希望と浪漫を人々に与え、生きる活力を齎す。
 

 そんなシップの雄姿を、「もこやん」の軒先で見送る母・令。

「哲人、どうか無事で…………あと|あのハゲ《ジョーンズ》はゆ゛る゛さ゛ん゛…………」

 やがてシップはゴマ粒の様に小さくなり、とうとう見えなくなった…………。

 
 これが、後の世に「宇宙一の苦労人ライダー」と呼ばれる男の、苦労始めである。

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