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・
・
暗闇の中、背後に響く途轍もない轟音から逃げるように、ひたすら走り続ける。
息が上がって、呼吸するのも苦しい。
それでも走る。
走るたび、胸が揺れ、脇が痛い。
それでも走る。
そうこうしてるうちに、轟音がすぐそこまで聞こえてきて・・・・・!
思わず振り返ると、白いペロリーフレンズの雪崩がのしかかってきた!
ぎゅう!
押しつぶされる!
強烈なバニラの香りでむせかえりそうになるのに、強い力で押さえつけられて、息を吐くことすら叶わない。
わたし、フルーツ味の方が好きなのに!
苦しい!
助けて!
誰か・・・・
哲人さん、助けて! ・・・・
・
・
・
「・・・・なんかうなされてるヨ?」
『・・・・大丈夫だろうか?』
『「バイタルは安定しているわ。何か悪い夢でも見ているんじゃないかしら?」』
医務室にて、医療ポットに入れられた女性はすぐさま診察を受けた。
外傷ナシ、頭部の損傷ナシ、骨折等もナシ。
よって診断結果は「気を失っているだけ」であった。
窮屈な体勢でコンテナの中に身を潜めていたせいで、ミラリィのように、打ち上げ時のGで圧迫され、うずくまっているところにレーションの箱が崩れ落ち、更に押しつぶされてしまったようである。
今はポットから寝台に移されて、
「バニラが・・・・落ちてくるぅ・・・・」
などとうわ言を呟きながらうなされている。
その脇で哲人とミラリィが様子をうかがっている。
「ふむ・・・・状態は安定しています博士! なのヨwwww」
『本当か・・・・実験は成功の様だな・・・・って人をマッドサイエンティストみたいにいうな。・・・・おっ、目を覚ましたぞ! フフフ、気分はどうかね・・・・じゃなかった、何事も無くて良かった・・・・うぉっ!?』
はたと目覚めた女性は、上体を起こして周りを見回し、哲人の姿を見つけると、いきなりその首っ玉にかじりついてきた。
強烈なバニラの匂いと同時に、暴力的なまでの圧力が哲人の胸板に押し付けられる。
「哲人さん・・・・ペロリーフレンズが・・・・バニラ味が・・・・!」
『ええ? おうよしよし、どんな夢を見たのかは知らんが、もう大丈夫だから。密航者かと思ったら、まさか君だったとはな、理仁亜』
哲人は、ちょっとバニラ臭いなと思いつつ、自身の胸板を押し返してくる柔らかい感触をとりあえず鋼鉄の意思でもって意識の脇に追いやった。
それは正直な所、今まで行ってきた精神素養系の修行の、どれよりも厳しく感じる位辛く苦しかったが、何とか心を鎮める事に成功した。
そして、かなりキツ目に抱き着いてしゃくりあげる、自身が理仁亜と呼んだ女性の背中をぽんぽんと叩きながらなだめた。
このバニラ味のレーションに押しつぶされていた、ヒナシより更に暴力的なプロポーションを持つ女性は、哲人の良く知る人物である。
彼女の名は「|陸奥理仁亜《むつりにあ》」。
哲人の生家でもある、お好み焼き屋「もこやん」の近所にある「いるか公園」のすぐ隣に、「コースト被災害児童保護院」という施設がある。
そこを運営する院長夫妻・・・・
「|陸奥慧之久《むつえのひさ》」と
「ルーシー=フェルマ=陸奥」
・・・・の、一人娘である。
美しく輝く銀髪と、透き通ったスカイブルーの瞳を持ち、そして、二度見してしまう位に大きな胸をした、控えめに言っても、天女かと見まごうばかりの美女である。
顔のパーツは、モンゴロイド系のそれよりは若干掘りが深く、やや釣りあがった、大きな目をしているせいで、相対するとキツめの印象を受ける。
身長は165㎝と、女性としては割と高い方で、一見柔らかそうに見える体躯の下には、意外にも高密度の筋肉があり、身体能力の高さを示している。
そのクールビューティー然とした見た目とは裏腹に性格は至って温厚で、両親を補佐するため、自らも保護員として「コースト保護院」の運営に携わっている、慈愛に満ちた女性である。
そんな宇宙聖女とも言ってもよい美女が、哲人の様な武術と宇宙しか能の無い、修験者や密教僧といった風体の無骨極まりない漢に心を寄せているという・・・・
美女と野獣、いや、触手淫獣といったところであろうか?
見ている者を不安極まりない気分にさせざるを得ない取り合わせになっているかの謎は、哲人の時と同様に彼女の出生時まで遡って説明せねばならない。
理仁亜という名前は、院長である慧之久がハイエンド高速鉄道愛好家である事も手伝い、
「リニアラインの様に、何事もなくスムーズに過ごせるように」
という願いを込めてつけられた当て字である。
だが、彼女のこれまでの人生は、浮き上がって摩擦を避けるどころか、トップスピードの状態で置石に乗り上げ、脱線衝突大破炎上するかの様な波乱に満ちたものであった。
何故なら、彼女は
「乗り物に乗ると、高確率で何らかの事故が起こる」
という、両親の願いを嘲笑うかのような、極めて稀な、そして悪意に満ちた不幸体質の持ち主であったからだ。
その酷さは、運命をつかさどる神が居たとして、
「アカン、ステ振り完璧杉内ンゴ・・・・ここままやと、世の中の殆どの女をピリオドの向こう側に置き去りにしてまうンゴ・・・・」
「せや! 特大のデバフ憑けてバランスとったろ!」
という、ろくでもない思い付きでやったとしか思えない有様である。
そしてこの厄介な体質は、彼女がまだ母・ルーシーの胎内に居る時から既に効力を発揮していたのである・・・・。
理仁亜が生まれる前、まだ年若い頃の院長夫妻が、念願かなって「コースト保護院」への赴任が決まったお祝いに、太陽系内遊覧航行の客船に乗った時の事である。
院長夫妻は火星の出身で、この航海に乗り込んだのは地球に行くついでにちょっとした贅沢を、という意図があった。
航海は順調に進んだ。
そして地球への復路に入り、月付近まで差し掛かった時、まだ予定日より一か月程早いにもかかわらずルーシーが産気づいてしまった。
当然客船は月の「緊急退避ドック」へ入港、すぐさま月面都市の緊急病院まで搬送された。
ライフサイエンスが進歩した昨今でも、お産だけはどうしようもない。
また、体質的に生体ナノマシンとの親和性が低く、身体がほとんど強化されない人も稀にだが存在する。
ルーシーもその一人であった。
その時のお産は、この体質に加え、更にルーシーがかなり華奢な体型であった事も手伝い、かなりの難産であったという。
この事もあってか、その後に慧之久はルーシーを愛しく慮ったので、理仁亜に弟妹は出来なかった。
こうして、何とかこの世に生を得る事が出来た理仁亜であったが、彼女の苦難は始まったばかりであった。
そのまま月の病院で養生していた母子が、ようやっと退院し、改めて大型シャトルにて地球へ向かっていた時の事である。
(スペースバスでなく大型シャトルなのは、慧之久が母子を気遣ったからである)
なんと、地球圏では滅多と姿を見せないスペースローグ達によってシャトルが拿捕され、その後駆け付けたスペースガーディアン達と睨み合いになったのである。
この愚か者達のねらいは、乗客の、更に言えばその体内の生体ナノマシンと身に着けているNAVI=OSのガジェットを奪う事である。
スペースローグは、社会的義務の重圧から逃れる為に自らNAVI=OSを捨てた為、自動的に生体ナノマシンも不活性化してしまっている。
当然、自力で作り出すことは不可能なので、こうして代わりを略奪しにくるのである。
そして奪ったガジェットは違法なデバイスにひとまとめに納められ、成りすましに利用されるのである。
特に、赤子はまだ生体ナノマシンとの融合が進んでいないため、良質の素材が採れるとして、何よりも優先して狙われてしまう。
そして、奪われてしまった場合は「外側」は必要ないため、大概の場合殺害されてしまう。
(それ以前に、生体ナノマシンを吸い出される際の苦痛に耐えきれずに命を落とすことがほとんどである)
この連中が、何故このようなリスクの高い襲撃を行ったかは謎だが、理仁亜を含む乗客の生命が、前述の理由により、危機にさらされていた事は間違いない。
特に理仁亜の生命は生れ落ちて間も無くにもかかわらず、いきなり風前の灯火であったが、その危機に颯爽と現れたのが、当時ガーディアンの訓練生であった哲人であった。
この時点で哲人は、まだ半年程の訓練課程しか経ていないにも関わらず、教官をして
「もうコイツ訓練いらなくね?」
というお墨付きを貰う程に認められていた。
(この教官はイセンダ=トゥージン=宮城という名の大ベテラン隊員で、育成役に回る前は拉致被害にあった子供たちを救うミッションを数多く達成してきたことから、賊共に「鬼子母神」と呼ばれ恐れられていた女性である)
たまたま現場近くで訓練をしていた教官と哲人ら訓練生は、事件の発生と同時に、本隊から訓練を中断し待機せよという指令を受けた。
しかし、その時教官は
「何も教える事がなければ、実地で経験を積ませればいいじゃない」
という謎のアントワネット理論を閃いた。
そして、睨み合って膠着状態となっている状況を打開する為に、賊と対峙していた第96分隊の、当時まだ部隊長であったジャン=クロゥエンに意見具申をした。
(すさまじいまでのトラブルエンカウント率に同情を禁じ得ない)
それは、本隊が一気にシャトルへ突入するかにみせかけて圧力をかけ、賊が増援を送って敵母艦が手薄になっている隙に、哲人が単身乗り込んで確保した後、訓練生たちが母艦を占拠、これを操作してシャトルから分離し敵を分断、退路を断ったのち、相手に気づかれぬ内に本隊がシャトルに潜入し各個撃破するという作戦であった。
確かに、賊は訓練生達の存在を知らない。
作戦としては悪くないと判断したジャン=クロゥエンは、訓練生時代に散々
「お世話になった」
教官に何の前触れもなく再会してしまった事で崩壊を始める胃壁の不快感を堪えながらこれを承認。
ここに「アリ地獄作戦」が発令された。
そして、外がそんな状況になっている事を知ってか知らずか、シャトル内では慧之久が入り込んできた賊に単身立ち向かい善戦していた。
(そんな装備で大丈夫か?)
たまらず敵母艦から飛び出した増援がシャトルに潜入。
その後、多勢に無勢となり、奮戦虚しく慧之久は袋叩きにされ、倉庫に監禁されてしまった。
(やっぱり今回もダメだったよ)
ここで賊が慧之久を殺害しなかったのは、彼らはそれなりに抵抗を見せた者を、実況動画にて公開処刑するというパフォーマンスを好んで行う習性を持つ為である。
彼らは深刻な中二病に罹患しており、自身の力を示す事に快楽を覚えるのだ。
もちろん、そんな実況をすれば即座に、ガーディアンではなくもっと怖い軍の特殊部隊が現場に押し寄せ、逃げる間も無く肉片と化すのだが・・・・
彼らにとって、その
「力を誇示している瞬間」
は死ぬ事より抗いがたい誘惑なのだろう。
(・・・・まさか「自分だけは大丈夫、見つからないから平気平気!」とか思ってないよな?)
慧之久はフルボッコにされ、倒されてしまった。
が、神はここで死ぬ定めでは無いと言っているのであろうか?
これらの騒動に乗じて、一か所に集められていた乗客は、これ幸いと一目散に船内へと散り散りに逃げさった。
そして、それをみた賊共は脊髄反射で各々追いかけた!
この様に、シャトル内はうまい具合に混乱していた。
・・・・想定とは状況が異なるが、好機であるには変わらない。
そう考えた教官は作戦開始の指令を下した。
(アレ? 思てたんと違う? まぁいいか、ヨシ!(‘ω’))
哲人は教官の命を受け、おばかさん達が母艦からシャトルに乗り移り、調子にのって獲物を物色してる隙をつき、ステルスコンバットスーツを身に着けて単身彼らの母艦に侵入、残っていた賊を全てミンチに変えてこれを制圧。
そのまま母艦を同期の訓練生達に任せ、シャトルに潜入。
相手に気取られることなく、散らばっていた賊を見つけ出しては一人ずつ壁のシミに変えていき、同じくシャトルに乗り込んでいた本隊と協力して乗客を次々に救出、安全を確保していった。
最後に監禁されていた慧之久を救出した際、賊の一人が、ルーシーと理仁亜をまるで「狩り」を楽しむかのように追い立てたことで、二人がまだ安全が確保されていない場所へ逃げこんだ事を知らされ、現場へと急行した。
そして、「狩り」に夢中で、周囲の異変に気付かずにいた賊が、ルーシーの腕の中で泣き叫ぶ理仁亜を嬉々として奪い去ろうとしているのを発見。
間一髪、張り倒して逆に「狩り」、二人を魔の手から救った。
この救出劇は偶然起こった様にみえるが実は、本物の「狩人」達が突入してきている事に気づいていたルーシーの、起死回生の機転により齎された。
調子に乗っている愚か者の嗜虐心を煽るようにわざとゆっくりと逃げ、どうあがいても絶望するしかない場所まで誘導する事で逆に追い詰めていたのである。
慧之久に要らぬ心配をさせないため、ルーシーが誰にも語らなかったので彼女にしか知り得ない事であるが、実に驚嘆すべき胆力である。
そして、その決死の試みは見事に功を奏した。
彼ら「狩り」をする「獣」にとって、逆に「狩り」返される存在の、それも最強最悪クラスの「狩人」がこの場に現れたのだから。
だがこの下郎は、
「実は自分が追い詰められていた」
という、自身の置かれた状況が分からない程頭が悪かったのか・・・・
或いは
「侮っていた目の前の|貴婦人《ルーシー》に一杯食わされた」
のを、この場においては何の意味も持たない、そのちっぽけな自尊心が認められなかっただろうか。
大人しく投降すればまだいいものを、特に反省の色が見られないばかりか、むしろムキになって反撃してきた。
そんな見苦しい悪あがきを見て、
「ただ痛めつけるだけではコイツには足らん」
と判断した哲人は自身の闘気を濃縮した、所謂「気当たり」をぶつけ、相手の意識がなくなった所で殴りつけ、強制的に意識を回復させる事を、相手の精神が崩壊するまで繰り返し、二度と悪さが出来ないようにした。
その|様子《処刑》を見た理仁亜は大喜び。
笑顔でその紅葉の様な小さい手を哲人に伸ばすのであった。
これが、|宇宙聖女《理仁亜》と、|触手淫獣《哲人》の、運命の邂逅である。
そして、院長夫妻が院に赴任し、哲人を訪ねて「もこやん」の暖簾をくぐった瞬間から、両者の交流が始まった。
後に、傷が癒えた慧之久はガーディアン本部から健闘を讃えられ、表彰状が贈られた。
哲人もまた、危険を顧みず、賊に単身立ち向かった慧之久の事を「男の中の男」として、尊敬の念を抱くのであった。
・・・・こうして賊は滅び去った。
だがこれは残念ながら理仁亜の、これから始まる苦難の道のりの先触れにすぎなかったのである。
理仁亜は、保護院の児童達と共に育てられ、すくすくと成長した。
本来なら両親共に健在である理仁亜と、そうでない保護児童達とは、彼らの境遇に配慮して共同生活を避けるものである。
では何故あえてそうしたか?
それは、襲撃事件に巻き込まれてしまった事もあり、理仁亜をなるべく手元に置いておきたいという院長夫妻の、苦肉の策であったからだ。
だが、それは杞憂であった。
周囲を慈愛で包み込む様な、不思議な雰囲気を醸し出していた理仁亜は、親の愛を失った悲しみと不安に揺れる保護児童達の心に寄り添うかのように接し、彼らの支えとなった。
この頃から既に、彼女は宇宙聖女の片鱗を見せ始めていたのである。
また、非番の際に帰宅していた哲人が、理仁亜の様子を見る為に度々院を訪れ、保護児童達を慰問したのも大きかった。
保護児童達にとって、一線で活躍するスペースガーディアンのおぢさん(この頃の哲人はまだ若いが、児童達からみればこうなる)はまさに神をも凌駕したヒーローであった。
また、そんな哲人が特に気にかけ、親しくやり取りをしていた理仁亜もまた、保護児童達の羨望の的であった。
心優しき無骨な武人と、無垢なる理仁亜達児童らの、微笑ましい交流をみて目を細める院長夫妻。
深き友愛が古き良き港町を優しく包み込む。
心温まる時間が、ゆるゆると流れていく・・・・。
ホントの愛が此処にあった。
そんなこんなで時は過ぎ、理仁亜は小学校に通う年になった。
流石に、院に閉じ込めておく訳にはいかない。
元気に同年代の保護児童らと小学校に登校する理仁亜とは裏腹に、彼女を毎朝送り出す院長夫妻は気が気でなかったのだが・・・・。
1か月ほど経っても、事件らしい出来事もなく、理仁亜は保護児童らと共に何事もなく帰宅してくれたので、院長夫妻も胸をなでおろした。
・・・・だが、理仁亜に憑けられたデバフは、彼女がそんな平穏な日常を送る事を許さぬといわんばかりに虎視眈々と機会を窺っていた!
ささやかな幸せのみを願う者達の祈りを嘲笑うかの如く、実に約七年ぶりに、この|神の気まぐれ《不幸体質》が理仁亜に牙を剥いたのだ!
ゴールデンウィークが過ぎた頃だろうか。
理仁亜達一年生は、ハイキングコースとして有名なカツラギ山の、|左打屋峠《さだやとうげ》へ遠足に行くことになった。
理仁亜は母から貰った、銀河の渦の様な模様が入った、お気に入りの毛玉のストラップをリュックに下げ、同級生らと共に意気揚々と出発した。
(このストラップは、哲人の妹・春香がエビゾーの抜け毛を利用して作ったものをルーシーが譲り受け、小学生になった理仁亜にプレゼントしたもの)
そしてバスが、曲がりくねった山道である、|杉谷街道《すぎたにかいどう》に差し掛かった時である。
突如発生した強烈な太陽風が巻き起こした磁気嵐が地球に直撃した事により、一部地域の電子機器の多くが被害をうけた。
理仁亜たちの乗ったバスが現在走っている、生駒山脈もまたその影響を受け、自動運転制御コンピューターが暴走。
突如アクセルが全開状態となり、ガードレールを突き破り、縦方向に回転しながら斜面へ転落した。
だが幸いに、バスの衝突安全機構はダメージを受けておらず、
「こんなこともあろうかと」
備え付けられていた重力ダンパーが作動した。
落下中も車内は平衡が保たれ、また、地面と衝突した時の衝撃を吸収し、理仁亜ら乗客の命を健気に守り、正確にその役割を果たした。
何とか無傷ですんだ一行であったが、更なる悲劇が彼らを襲う。
この事故が起こった直後の事である。
なんと、近くにある「宇宙野生生物研究所」に搬送途中であった凶悪な宇宙生物、その名も
「デスクローベア」
が脱走し山中へ逃亡したのである。
(これも、磁気嵐の影響を受け、檻のロックが外れてしまったのが原因である)
この「デスクローベア」は、地球の2.5倍の重力がある「ナルカック星」に生息する、強靭な四本腕を持ち、極めて狂暴な性格の、熊に似ている肉食獣である。
その腕の体毛は針金の様に鋭く、それに加えて先端から神経毒が分泌されており、獲物を抱きかかえて捕らえると同時に、毒針で麻痺させて確実に仕留めるという狩りを行う様からこの名が付いた。
愛玩動物(?)であるエビゾーとは全く違う、正真正銘の危険生物である。
自らを捕らえていた檻から解放された「デスクローベア」は、その時飢餓状態にあった。
そして、すぐ近くから多数の「獲物」の匂いを嗅ぎ取った彼は、元居た惑星の強力な重力から解き放たれた膂力を存分に振るい、邪魔な木々を体当たりで薙ぎ倒しながら、真っ直ぐ理仁亜らがいる場所へと疾駆した。
一方その頃、何とか大破したバスから脱出した一行は、救助を待つ為、ひとまずはその場に待機していた。
滅多とない体験に、逆にはしゃぐ男子児童。
と、それを叱る担任の女性教師。
平謝りするバスの添乗員ら・・・・。
そんなカオスな事故現場をよそに、少し離れた場所にいた理仁亜は、役割を全うして無残にも力尽きたバスの車体をなで、その健闘を讃えていた。
(この無機物に対しても慈愛を与える姿こそ、彼女を宇宙聖女たらしめる証左であるといえよう)
そんな様子を隣でぼんやりと眺めていた同級生で、理仁亜の終生の友となる
「唐竹さわこ」
であったが、何やら近くから轟音が聞こえてくる事に気づいた。
さわこがその方向を見ると、今まで見たことのない様な怪物が、凄まじい勢いで此方に向かってきている事に気づいた。
慌ててバスを撫でる理仁亜の手を引っ張り、皆が集まる場所へ知らせに行くさわこであったが、迫りくる宇宙熊から逃れる術が一行にあるはずもない。
狂暴な捕食者は、瞬く間にその異形の姿を、児童ら一行の前に現した。
突如現れた凶獣に、恐慌状態になる児童たち。
そして、彼らを背後にかばい、立ちふさがる女性教師とバスの添乗員らもまた、同じく未知の怪物を前にして、恐怖から一歩も動けずにいた。
片や宇宙熊は多数の獲物を前にして狂喜していた。
元居た惑星にもなかったような、滅多とない御馳走が選り取りみどりである。
どれも美味そうだが、特に、あの銀色の、小さいヤツが柔らかそうでいい匂いがする・・・・。
前にいるデカいヤツらは何だか固くてマズそうだから吹き飛ばしておくか。
そう感じた彼はじっくりと、慎重に狙いを定め・・・・
まず立ちふさがって邪魔をする女性教師と添乗員を薙ぎ払い、その後ろで、さわこと抱き合って震えていた理仁亜に襲い掛かった!
(彼は好物を一番最初に食べるタイプであった)
宇宙熊は、いつも狩りでそうしてるように、四本の腕を広げ、今まさに獲物に抱き着こうとした。
その瞬間、思わず理仁亜は叫んだ。
「おにいちゃん、たすけて!」
とその時である。突如、
「ズドォン!!」
という轟音と共に、この場の上空に、銀色に輝くMDFが舞い降りた。
(さわこは、当時の記憶を尋ねられた時、「何が起こったのか分からなかったけど、「やった! これで勝つる!」っていう事だけは理解できた」と語っている)
そして、突然の出来事に、呆気に取られて動きを止めていた宇宙熊と理仁亜たちの間に、コクピットから飛び出した哲人が立ちはだかった。
実は、理仁亜のリュックに付いている銀河毛玉ストラップには発信機が仕込まれており、彼女が何らかの危機に瀕した際にはぷくーっと倍くらいに膨れ上がったあと救難信号が発せられ、ヒナシが位置情報を特定できる様になっていたのである。
この機能は、心配性のルーシーが哲人に理仁亜の警護を懇願した際、ヒナシが発案し取り付けたものである。
その機能通りぱんぱんに大きくなった銀河毛玉ストラップは信号を発し、理仁亜の危機を察知したヒナシの導きにより、たまたま地球圏で警邏中であった哲人が、乗っていたMDFの重力推進を駆使して一瞬で現場に駆け付けたのだ。
轟音はこの時に発生したものである。
いきなりの事態に、しばらく放心していた宇宙熊であったが、目の前の弱そうなヤツが狩りの邪魔をしたのだと気づくや、怒り心頭。
狙いを哲人に変更して襲い掛かった。
だが、それと同時に、哲人が放つ強烈な「気当たり」を受け、逆に今度は宇宙熊が硬直した。
その時彼は、まるで彼ら「デスクローベア」の天敵である、「カイザーベヒモス」に睨まれたかの様に感じ、恐怖し、また困惑した。
目の前にいるのは、どう見ても自分よりはるかに弱い、取るに足らない存在であったはず。
この恐怖はきっと気のせいに違いない!
宇宙熊はそう考えた。
普段とは違う環境に置かれていた上に滅多とない獲物を前に浮かれすぎて、野生の判断力が鈍ってしまっていたのだろうか?
この、自身の本能を否定してしまった事が、彼の運命を決定づけた。
再度襲い掛かろうと四本の腕を開いた瞬間、がら空きの腹部にかつて受けたことが無い程の衝撃を感じ、前のめりになった。
そして目線が目の前の相手と同じ高さになった時、その両腕が無数に増殖してみえたところで、その意識は刈り取られ・・・・
永遠に戻ることはなかった。
腹パンで怯んだ所で、千発近い突きを食らい、最後に後ろ回し蹴りで頭部を打ち抜かれて吹き飛ばされた宇宙熊は、
「ズシーム!!」
と響く音と共に仰向けに倒れた後、ぴくりとも動かなくなった。
この宇宙熊は、本来なら宇宙外来生物の取り扱いに従って、捕獲した後に元居た惑星へと送還せねばならないのだが・・・・。
このやっこは、明確に人を「捕食対象」とみなし、迷うことなく児童ら一行を追跡、襲撃してしまった。
直ちに行政統括AIからガーディアン本部を通じて、宇宙熊に関わる機関とその関係者、並びに現場に駆け付けた哲人へ、対象の殺処分指令が下された。
ヒナシが救難信号の受信を行政統括AIとガーディアン本部へ報告してからこの間まで、わずか数秒の事である。
よって、狩猟する事には何の問題もないのだが・・・・。
やむを得ないとはいえ、命を奪ってしまった宇宙熊に、心の中で手を合わせる哲人であった。
そんな哲人の懊悩とは裏腹に、彼の見事な活躍を見た理仁亜ら児童達は、先刻まで恐怖で震えていたことなど、すっかり忘れて大はしゃぎ。
哲人はあっという間に、興奮する彼らにもみくちゃにされてしまった。
何とか児童らを落ち着かせ、女性教師と添乗員の手当をした。
幸いにしてわずかな打撲と、チクッと刺さった毒針のせいで体がピリピリする程度の軽傷であったようだ。
この様なキズで済んだのは、生体ナノマシンの働きにより、現在の人類は、2000年代頃と比べて、平均すると約20倍の身体能力をもつ為である。
ご覧の通り、宇宙熊程度なら殴られてもせいぜい「痛っ」位で済む。
更に、体内に入った神経毒も、ほとんどが無毒化されているのだ。
・・・・が、それでもその防御力を貫通して打撲を与えたのだから、宇宙熊の膂力は推して知るべし、恐るべきものであると言える。
尚、児童らはその限りではなく、まだ生体ナノマシンと体細胞の融合が進んでいないので、身体能力は生来のまま。
故に、先生と添乗員が必死になって児童らをかばったのである。
野生の本能がそうさせたのか?
そのような事情を知り得ないにも関わらず、理仁亜らを最初のターゲットに選んだ宇宙熊のチョイスはあながち間違ってはいなかったと言えよう。
その後、駆け付けた地球防衛軍陸上自衛隊や消防のレスキュー隊、宇宙野生生物研究所の職員達などで現場はごった返した。
とりえあず、自衛隊員らが徒歩にて本来の目的地であった峠の展望台まで、児童らを護衛してくれるそうなのでこれを任せるとして・・・・。
問題は残った宇宙熊の亡骸である。
こう「死~ん」とされてしまっては、生態の研究は最早不可能である。
大変惜しい|熊《ひと》を亡くしてしまった・・・。
と周囲に微妙な空気が流れる。
そんな中何を思ったのか、研究所の職員が、
「この宇宙熊の肉は、天敵の「カイザーベヒモス」が好んで捕食する程美味であるらしい。周囲をお騒がせした迷惑料の代わりに、我々が捌いて、それを自衛隊の方々に調理してもらって、皆に振る舞うというのはどうだろう?」
という、中々ぶっ飛んだ提案を申し出てきた。
どうせ殺処分するなら、「味も見ておこう」という事らしい。
研究者の考える事はなかなか理解しがたい事である・・・・
と、(ドン引きしながら)首をひねる哲人と自衛隊員たちであった。
が、なるほど、職員らが捌いたこの宇宙ジビエは、きめ細やかなサシが入り、更に輝くような美しいピンク色をしていて、とてもおいしそうに見えた。
尚、その時の解体の様子が非常に手馴れていて、見ている者達の背筋に冷たいものが走ったのは言うまでもない。
こうして、児童らが辿り着いた展望台にて、自衛隊員らによる炊き出しが行われ、一行に加え、周辺集落の住民らにも豚汁ならぬ宇宙熊汁や、宇宙熊カレー等が振る舞われた。
その味は、経験豊富な自衛隊員をして
「我々は演習等でたまに野生動物を食べる事もあるが、これ程美味なる狩猟肉ははじめてだ」
と言わしめる程、野性味を感じさせない上品なものであった。
そして、「神経毒と雑味の関係性」という、新たな研究テーマを発見した研究員たちの目に宿る静かな狂気の光に、周囲の人々は恐怖した。
瞬く間に宇宙熊は平らげられ、骨と皮だけになるのにそう時間はかからなかった。
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美味なる宇宙熊肉による昼餐は終わりを告げ、撤収の時間と相成った。
研究員らは、その瞳にぎらつく光を宿しながら、残った素材を回収していそいそと研究所へ戻っていき、レスキュー隊らは負傷した先生と添乗員を念のため病院へ搬送していった。
病院へ行った先生の代わりには教頭先生が迎えに来てくれることになった。
自衛隊員らと児童達は兵員護送車に分かれて乗り込み、教頭先生の到着と共に学校へと帰路についた。
そして哲人は、教頭先生からの願いで、理仁亜とさわこをMDFでエスコートする大役を仰せつかった。
教頭先生は哲人が小学生だった時の担任の先生であり、哲人と理仁亜ら院長家族との関係も知った上での計らいであった。
いるか公園の近所に住んでいるさわこはついでである。
この夕暮れ時の生駒山脈遊覧飛行で見た、茜色に染まった美しい山々の景色は、幼い二人にとって忘れえぬ思い出となった。
哲人も、「宇宙暴れ脱走熊」を討ち取った功労者という事で、美味なる宇宙熊肉をお土産に包んでもらって大満足だった。
(自宅に持ち帰った際にエビゾーがうっかりその匂いを嗅いでしまい、恐怖のあまり、しめやかに失禁した。)
ちなみに、この哲人の緊急出動は独断専行で厳罰もあり得た。
だが、関係者各位から哲人に感状と免責嘆願が贈られた事で不問となった。
こうして、責任を問う事も出来ずに一人で後処理をする羽目になったジャン=クロゥエン司令。
氏の胃壁と毛根は、児童らが遭遇したものを上回る危機に直面する事になる。
流石に申し訳なく思った哲人が後日、彼に
「宇宙熊のスペースワイルドステーキ ~赤ワインのソースを添えて~」
を振る舞ったところ、彼の美食な細胞にクリティカル反応を及ぼした!
宇宙熊肉の破壊力ばつ牛ンの強壮効果により、みるみる元気を取り戻す司令。
だが、杉谷たるはヒダリデウテヤが如し。
精が付きすぎてしまった司令は、イセンダ教官の計らいで溜まった処理を消化する事となり、三日三晩の不休を余儀なくされ、余計に苦しんだという。
南無阿弥陀仏!
こうして、なんとか享年七歳になる事を回避できた理仁亜であったが、その後も同様の災厄を受難した。
その年の冬に行った「寒中登山」にて、前回の、カツラギ山中の全く同じ場所で、全く同じように事故にあい、更には「グランドラインヒドラ」という宇宙大蛇が脱走し、宇宙熊の時と同様に襲われた。
2年生の春には「日本列島高速周回遊覧」という超高速ホバークラフト艇を使った遊覧航行時に、日本海では滅多と姿を現さない大型の鯨(この鯨は地球鯨である)に衝突し艇は転覆、一人海に投げ出された後に海流に流されはじめ、あわやオホーツク海まで漂流しそうになる羽目になった。
そしてその冬には、三度カツラギ山にて、もちろん同様の事故を起こしたのち、今度は「パルサーライオン」という宇宙獅子が脱走し、当然の様に襲われた。
これら重大事故の全ては哲人がMDFを駆って救助を行っていて、そのたびにジャン=クロゥエンの胃壁と毛根が危機に瀕していたのは言うまでもない。
加えて、流石にこの後、度重なる不祥事を見かねたお上が重い腰を上げた。
結果、「宇宙野生生物研究所」は木星の衛星軌道上に新たに建造された「宇宙生物研究コロニー」に移転、現世から隔離される事になった。
それ以外には、
♠<ウェーイ! さわこと堺シティにある図書館に行く時に乗った「北空電鉄」のリニア列車が不可解な脱線事故を起こす。
♦<ダニィ!? 近所の人が買い物帰りの理仁亜を車に乗せて送った時には何故か「線引き」があり得ないルートを指定し、気が付けば「伊勢神宮」にたどり着いた後にエンスト、強制お伊勢参りとなる。
♥<ムッコロス! 挙句には、慧之久と車で近所のホームセンター「プナコ」へ買い出しに出かけた際、上空で活動中だった宅配ドローンがバードストライクを受けボンネットに墜落し大破撤退。
等の出来事が相次いで起こった。
流石にこうなると理仁亜と院長夫妻も、理仁亜の持つ厄介な不幸体質の存在を薄々ながら意識しはじめた。
「わたし、もうどこにもとおくにいかない! みんながひどいめにあうもん!」
と塞ぎ込む理仁亜。
(ここで自分ではなく周りの人々の安否を気遣うあたりが宇宙聖女である事の証左である)
・・・・幼き頃の哲人がそうであったように、このまま絶望に囚われていたままでは彼女の未来が暗黒に閉ざされてしまう。
いや、それ以上に、やがては確実に、重大事故に巻き込まれ命を落としてしまうだろう。
無理もない、何とかしてやりたいが、一体どうすれば・・・・。
そう思い悩む院長夫妻であった。
と、そんな時、ふとルーシーは、これまでに理仁亜が哲人に救われ、数々の|宇宙危険生物《とも》達の手から逃れ生還した(と同時にその肉を喰らってきた)時の事を思い出し、違和感を覚えた。
この違和感を覚えた事にはきっかけがある。
理仁亜が塞ぎ込む前のこと。
彼女が一人で買い物にでかけて帰宅する際に、そう・・・・
星永家の面々・・・・令と春香・・・・
と共にいる事が多々あった。
聞けば、
「出先で出会ったので、自転車(車の時もあった)にのっけて送ってもらった」
という。
同じ町に住まう隣人であるのだから当然そういうこともあるだろうと今まで気にも留めていなかったが、ここにきて一気にフラッシュバックし、一つになった。
そして考えた。(ケンサクシテミヨウ!
あの時は理仁亜の安否が気がかりで、生還した愛娘との再会にただ安堵するばかりであったが、なにかおかしな所があるではないか。
そう、《《何故理仁亜が乗り物に乗っているのに、普通に帰ってこれた時があったのだろうか》》?と。
「ひょっとすると、理仁亜が乗っても平気な乗り物が存在するのではないか?」
この疑念を確信に変える為、ルーシーは
「自身を含む、慧之久ら院の面々の命を神に捧げなくてはならないかもしれない」
という危機感と罪悪感に苛まれながらも、決死の実験を試みた。
・
・
・
まずはこの得体の知れない体質の正体を突き止めなくてはならない。
早速、ルーシーは、院のグラウンドにて児童らが共用する子供用の自転車を使って、理仁亜と、同年代の児童らに練習をさせてみることにした。
自転車なら、せいぜい転んですりむいたりする程度で済む。
とはいえ、目の前で愛娘と、同等に愛しい児童らが傷つくなど耐えられないので、瞬きするのも忘れて身構えるルーシー。
暫く血走った眼を皿の様にし、はらはらしながら見守るも。
いい気分転換になったのか、或いは、児童らが彼らなりに理仁亜を慮ったのか・・・・。
楽しそうに遊び、そして自転車に乗れるようになった理仁亜ら児童をみて安堵し、ほっこりするルーシーであった。
その後元気を取り戻した理仁亜と、彼女の様子を見てテンション爆上がりギガマックスとなった児童ら(スーパーハイテンション状態)。
そのまま自転車にのって「もこやん」までいき、同じくほっこりした令にアイス最中を貰ったらしい。
理仁亜に至っては、
「右手にアイス最中、左手にミルクせんべい」
の、お菓子二刀流みだれうち状態となって、
「わたし、さいきょう!」モウナニモコワクナイ
と、負ける気しない最高のコンディションにまで回復した。
なかなかちゃっかりしていて逞しい児童らに苦笑するルーシーであった。
と同時に、
「本当に自転車は大丈夫なのだろうか?」
という疑問が浮かんだ。
無事に帰って来てくれはしたものの、今回だけ、たまたまそうなっただけなのかもしれぬ。
確実なるエビデンスを得て、愛娘を苦しめるフザけた|不幸体質《デバフ》に完全なる止めを刺さねばなるまい。
(ドヨノハフトゥウォーリウォーリ、マモッテアゲタイ♪)
そこで今度は、ルーシーが自ら自転車にのり、後部に理仁亜をのせて「プナコ」まで行くという身体を張った検証を試みる事にした。
これで何も起こらなければ、
「自転車は大丈夫だ、問題ない」(`・ω・´)キリッ
という事になる。
(そんな後先考えない行動で大丈夫か?)
勿論、自身と理仁亜に
「宇宙怪獣が踏んでも壊れない!」
と言うCMが評判のヘルメットを装着。
更に理仁亜には”クリボゥメタル”の盾、
「クリボゥバックラー」を持たせた上でのことである。
(この盾はすごく軽く、子供でも持ち運び可能である)
・・・・出発してしばらくだろうか。
信号待ちで止まっている時、上空でピザを配達していた宅配ドローンが突如停止し、ピザごと自転車のカゴに墜落してきたのだ。
「アレ? 何かいけそうじゃね?」(*´Д`)
と、若干油断していたので、半ば不意打ち気味となったドローンの落下に、母娘ともども「ビクッ」と度肝を抜かれてしまった。
だが、幸い自転車がダメになった位ですんだので、何とか徒歩で院に戻ることができた。
そののち、事故を聞きつけて飛んできたピザ屋店長が謝り倒すさまをなだめながらも、ルーシーは一つの可能性を得た。
(この後、お詫びとして院にピザと自転車が送られ、児童らは喜んだ)
「理仁亜自らが運転していないと事故が起こる」
のではなかろうか、と。
ならば、
「だったら運転していればいいだろ!(筋肉理論」
と、試しに二輪走行車である「ゼクウェーイ♪」に乗せ、走らせてみた。
・・・・「ゼクウェーイ♪」とは、ソーラーパワー式のモーターで走る一人用の「乗り物」である。
見た目はそのままエンジンが付いてる自転車。
原付と違って子供でも乗れる。
バッテリーも備えており、昼間のうちに充電しておけば、夜間においても夜明けまで余裕で走行可能。
馬力が違う、と言いたげな程、安っぽい外見とは裏腹に意外と高性能な機能を持っていたりする、巷で人気のアイテムである。
当然、理仁亜にはフル装備させた上で、院のグラウンドにて行った事であるが、その時は何事もなく安心するルーシー。
が、油断して目を離した隙に、理仁亜がグラウンドから公道に出てしまった。
どうやら、星永家の面々に「ゼクウェーイ♪」を見せたかったようである。
この「ゼクウェーイ♪」、実は「線引き」の管轄外で、申告なしで乗り回せる。
(中には結構危険な乗り方をして道を行きかう車の進路を妨害するやっこもおり、そのたびに「線引き」を怒り狂わせている)
解き放たれたプロメテウスの如く、颯爽と走る理仁亜であったが、「もこやん」に至る道路に差し掛かった時である。
突如「ゼクウェーイ♪」が「♠<ウェーイ♪」と暴走!
リミッターまで解除され、一気に時速100km近くまで加速した!
懸命にブレーキを引き絞り制動を試みる理仁亜。
が、奮闘虚しく、「ゼクウェーイ♪」は「♠<ウェーイ♪」と尚も爆走。
のち、段差にひっかかって道路に転倒した「ゼクウェーイ♪」はあげぽよに大破!
限界を突破して駆動したモーターは発火し爆発四散!
(ウゾダドンドコドーン!orz)
完全にとどめをさされ消滅した。(サヨナラ!)
一方理仁亜は、段差にぶつかった瞬間、驚いて手を離したことで、さながら投石器が岩石を放つように宙へと放り投げられた。
これにより、図らずも「ゼクウェーイ♪」の爆発からは逃れられた理仁亜であったが、それはほんの僅か延命したに過ぎない。
猛烈な勢いで絶賛吹き飛び中のままでは、いずれ壁か何かに激突してその短い生涯を終える事になるだろう。
スローモーションの様にゆっくりと流れていく景色を眺めながら、ふと彼女の脳裏にいままでの記憶が走馬灯となってよぎる。
「じこのときの思い出ばかりだなぁ」
と呆れながらも、目を閉じて自らの命を奪う事になるであろう衝撃を覚悟して待つ理仁亜だった・・・・
が、何時まで経っても何も起こらない。
恐る恐る目を開けてみると、そこには心配そうに自身を覗き込む哲人の顔があった。
どうやら、たまたま通りがかった哲人がうまくキャッチしてくれたようだ。
何だか良く分からないが、またこの敬愛する|武人《触手淫獣》に命を救われたらしい。
様々な思いで感極まった理仁亜だったが、やがて考えるのが面倒になり、折角なので
「おにいちゃん!」
と言って哲人に抱き着く事にした。
お茶目なお嬢さんである。
その後、慌てて後を追ったルーシーが泣きながら理仁亜を抱きしめて離さなかったのは言うまでもない。
そして哲人はというと、
「親方、空から近所の女の子が!」
という状態で驚き戸惑っている所を、理仁亜を抱えている姿を見て遊んでいると勘違いした児童らにもみくちゃにされた。
あと、「ゼクウェーイ♪」は、当然の事ながら生産中止になった。
こうして、「ゼクウェーイ♪」の尊い犠牲により、理仁亜の不幸体質は
「乗り物に乗っていれば、運転の有無に関わらず高確率で事故が起こる」
と結論づけられた。
だがまだ判然していない事がある。
《《理仁亜は一度「もこやん」まで自転車で行って帰ってきている》》
のに加えて、
《《ルーシーと二人乗りした時に事故が発生した》》
という点である。
どちらも「自転車」という「乗り物」に乗っている状態である。
果たして、一体何が違うというのだろうか?
加えて、「ゼクウェーイ♪」と「自転車」は同じ「二輪」の「乗り物」である。
この点も事態をややこしくする要因である。
腕を組んでうんうん唸るルーシーであったが、特に何かを思いつくはずもない。
その内考えるのを止めて、洗い物の手伝いをしようと思い立った時である。
何やら慧之久が熱心にテレビを見ているのに気づいた。
どうやらこの最愛の伴侶は、
「史上最高齢!150歳が挑むトライアスロン!」
というドキュメンタリー番組に夢中のようだ。
・・・・あの真剣極まりない表情は覚えがある。
「宇宙の声が聞こえる。己も参加せよと」
とか言い出す顔だ。
・・・・・後で釘を刺しておかねばならない。
そう思っていると、児童の一人が何かと間違えたのだろう。
うっかりリモコンを触ってチャンネルが競輪の結果ニュースに切り替わってしまった。
あやまる児童を優しくなだめ、元のチャンネルに切り替えた慧之久。
・・・・を尻目に、ルーシーの脳に新人類が発するような閃きが生まれた。
「トライアスロン」と「競輪」・・・・
どちらも「自転車」を使う「競技」である。
という事は、「自転車」は、「乗り物」であるが、競技の際に使用する「道具」。
つまりは野球でいうところのバットやグローブと同様とみなされているのではなかろうか?
かなり強引なこじつけだが、可能性はある。
実際、理仁亜は自転車で「もこやん」まで行って帰ってきている。
そして、後部に二人乗りしている時は、ペダルを回す人が運転する「乗り物」に乗っている状態であると言える。
まとめると、「自転車」に限っては、
「運転」していれば「道具」
後部に「乗って」いれば「乗り物」
という事なのではなかろうか。
この仮説を証明する為に、後日、ルーシーは理仁亜に自転車で「プナコ」まで行っていつも使っている洗剤を買ってきて欲しいとお使いを頼んだ。
まさに断腸の思いであった。
最早今生の別れかの様な心境で送り出したルーシーであった。
・・・・・が、そんな彼女の心中とは裏腹に数十分後、特に何事もなく理仁亜は帰って来た。
(少し遅かったのは、こっそり「もこやん」に寄り道してアイス最中を貰い、またさいきょうになっていたからである)
これには普段ミステリアスでクールビューティーな淑女然としたルーシーも大はしゃぎ。
戸惑う理仁亜を抱き上げ、まるで小娘の様にどったんばったん狂喜乱舞した。
無理もない、理仁亜にも乗れる「乗り物」があったのだから。
いや、この場合は「道具」というべきだろう。
これで共に出かける事も出来るのだ。
嬉しくないはずがないのである。
その日の夕食は、哲人にもらった宇宙熊肉ですき焼きにした。
これには理仁亜も児童らも大満足。
こうして、院に笑顔が戻ったのだ!
・・・・この宇宙熊肉は哲人からのお裾分けである。
3度の討ち取りの後、宇宙野生生物研究所は度重なる不祥事により本来なら取り潰しであった。
が、哲人や自衛隊員らの活躍(?)により食肉利用の可能性を発見。
これをお上に提供したことでコロニーへ移転という形で減免された。
結果的に救ってくれた哲人に対しての宇宙野生生物研究所からの返礼として、哲人へ不定期に宇宙ジビエが送られてくるようになった。
結構な量なので、院をはじめご近所におすそ分けされているのである。
食の細いルーシーであっても宇宙熊肉だけは満腹になるまで食べてしまうようだ。
勿論、エビゾーは送られてくる肉の匂いを嗅ぐたびに腰を抜かし、しめやかに失禁している。
だがまだ浮かれるには早い。
これでは不幸体質の正体を突き止めただけである。
「まだだよ、まだなにも終わってないよルーシー」
と己に問いかけ気を引き締めるルーシー。
正体だけでは駄目だ。
自転車だけではほとんど何もできない。
これでは、厄介な体質を誤魔化しているだけだ。
根本解決には至っていない。
ルーシーは、駆け出し芸人も真っ青になる位に体を張った実験を始めるきっかけとなった違和感について、今一度考えなおすことにした。
そして今度は、「乗り物」ではなく、「状況」にフォーカスしてみることにした。
・・・・理仁亜は度々星永家の面々、令と春香に乗り物で送ってもらっている。
哲人にいたっては、数えきれない程(もはや返しきれない位の恩である)MDFで院に送り届けられているのである。
この点が事態を解決する分水嶺、最大のポイントである。
何故最初に気づかなかったのだろうか。
ひょっとすると、《《「星永家の内の誰かが同行していれば事故にならない」のではないか》》?
しかし結論付けるには早計だ。
ひょっとすると令や春香が強運の持ち主で、その時だけ、たまたま何も起こらなかっただけなのではなかろうか。
いままでは大丈夫だったかもしれないが、次に無事である保証は現状どこにもない。
更に哲人が乗っていたMDFに至っては何の検証もされていない。
あれは変形して人型になったり、飛行機になったりする「乗り物・オブ・乗り物」である。
だが、考えようによっては、「宇宙で戦う戦士達が装備する武器」であるともいえる。
これまた強引なこじつけであるが、MDFに乗った時に、理仁亜が乗組員としてではなく、積み込まれた物資か何かと判定されていたからではないか?
或いは、宇宙で使う「道具」であるので、「乗り物」でないと断じられたのか?
仮にそうであった場合哲人が乗っていようがいまいが関係がなくなる。
この仮説が正しければ、理仁亜はMDFには乗れるのであろうが、あれは許可のある人にしか乗れない戦闘機である。
車のように気軽に乗り回せるものではない。
また、自転車とは逆に、パイロットとして乗った場合に「乗り物」として判定されるのかもしれない。
そうなると、今度こそ理仁亜の命はそのままMDFに乗って黄泉の国に旅立つ事になる。
ああでもない、こうでもないと考えたものの、結論は出るはずもない。
散々悩んだ末、ルーシーは恥を忍んで星永家の面々に協力を願い出る事にした。
親愛なる隣人を危険に晒すのは気が進まないが、検証を行うには彼らの助力が必要だ。
これは最悪命を落とすかもしれない、大変危険な事であると前置きした上で事情を説明したところ、外ならぬ院長夫妻と理仁亜の為と、星永家の面々は二つ返事で了承してくれた。
院長一家と星永家の面々の絆は、断ちがたい程に育まれていたのである。
こうして二度目の、命がけ(?)の検証が始まった。
まず最初に、自転車による検証を行う事にした。
これは、今まで大丈夫だからといって、うっかり理仁亜をのせ、重大事故を起こさない様にする為に必要な事であった。
・・・・結論から言うと、星永家の面々であれば誰がペダルを回していても大丈夫であった。
念には念を入れて、各人三回づつ実験を行ってみたが、いずれも事故が起こる気配もなく、平穏無事に終わった。
だが喜ぶのはまだ早い。
ひょっとすると無事なのは自転車だけで、他の乗り物だと星永家のもつ不思議な神通力も効果を失うかもしれない。
そこでかなり危険であったが、星永家の面々と共に、院長一家が車で潮見=ポートエリアにある「フェニックス・スパワールド」へ出かけてみようという話になった。
潮見=スペースポートの隣には、フェニックス・アミューズエリアという商業施設群があり、様々な娯楽施設が楽しめる。
「フェニックス・スパワールド」もそのうちの一つだ。
所謂、スーパー銭湯というヤツである。
重大事故が起こるかもしれない緊張で、行きも帰りも身構えたままで、せっかく入った湯もろくに堪能する事も出来なかったが、結果としては事故は起こらなかった。
たまたま大丈夫なだけかもしれないので、同様に、タダオカ・タウンにある「スパ・ザ・パシフィック」や、キシワダ・シティにある「ザ・ダンヂリ・スパーク」などにも出かけてみたが、何も起こらなかった。
(はしゃぎすぎた理仁亜がのぼせた位である)
肩透かしを食らった面々ではあったが、まだまだ検証は続く。
ひょっとすると星永家の面々が3人ともそろっていたから何も起こらなかったのかもしれない。
そこで今度は、一人づつ理仁亜と電車や路線バスを使って出かけてみることにした。
だが、春香とナンバ・シティの日本橋エリアへ行っても何も起こらず。
令と共にキシワダ・シティの映画館に出かけても何も起こらず。
更には哲人と共に電車を乗り継ぎ、新幹線を利用してクレ・シティのヤマト・ミュージアムにまで行ってみたが、やはり何も起こらなかった。
ほぼキマリ(青〇導士ではない)の様な気がしてきたが、安心するのはまだまだ早い。
陸の乗り物は大丈夫なようだが、今度は海の乗り物はどうだ!? とフェリーを利用した観光を試してみた。
(この辺りで、各人に観光を楽しむ余裕が生まれ始めていた)
だが、春香と淡路アイランドの温泉に出かけても何も起こらず。
令と瀬戸内海群島遊覧をしても何も起こらず。
更にむきになって哲人と四国一周なんちゃってお遍路航路というニッチな遊覧航行をしても尚、全く何も起きなかった。
もはや確定な様な気がするが、いやいやまだだ、空が残っている! という事で飛行機に乗ってみることにした。
(ここまでくると、星永家の面々も調子に乗り始めた)
だが、春香と沖縄に海水浴に出かけても何も起こらず。
令と北海道へぶらりグルメ旅に出かけても何も起こらず。
更にむきになって哲人と南米リージョン・チリのアンデス山脈上にある天文台スタンプラリーまで行ってみても、やはり何も起こらなかった。
えー、これ確定っしょ? え? いやいやいやまだまだだって? 宇宙残ってんの? まじだりぃ~。
という事で今度は宇宙船に乗ってみる事にした。
(この時点で星永家の面々は完全に観光のスタイルで、各人が行きたい場所へ赴くのであった)
だが、春香と月面都市巡りをしても何も起こらず。
令と火星ヴェネツィア運河観光をしても何も起こらず。
更にむきになって哲人と大マゼラン星雲はサラザール星系まで行く
「例のアレ聖地巡礼」
をしてみても、やはり何も起こらなかった。
大好きな星永家の面々と色々なところに出かけた理仁亜は大喜びだ。
これらの試みは夏休みの期間中に行われた事であり、理仁亜の人生で最も濃厚なものであったといえよう。
それは、これらの体験をつづった絵日記を提出した際、担任の先生がそのあまりの凄まじき内容に三度見してしまった後、理仁亜に真偽を問うた程である。
この結果をみて、慧之久は
「宇宙の声が聞こえる。もう確定じゃね?」(`・ω・´)キリッ
などと言ってしたり顔である。
(星永家の面々もよくここまで付き合ったものである。もともと、物見遊山が好きな一家ではあったが、少々やりすぎではなかろうか?)
後半はもうただのレジャーであった感は否めないが、ここまでくると、どこかの勇者の様に慎重なルーシーも
「星永家の面々には理仁亜の体質を打ち消す不思議な神通力が備わっている」
という確信を得る事ができた。
だが、一つだけ、MDFに乗るとどうなるかという疑問が残っていた。
万が一、何かのはずみで、うっかりMDFに乗って操縦してしまい、そのまま三途の川を飛び越えてしまうような事になっては、と思うと気が気でない。
(奥さん、慎重すぎやしませんか!? と某ツッコミ女神からの叫びが聞こえてきそうである)
そこで最後に、無理を言って哲人に理仁亜をMDFにのせて宇宙を飛んでみてくれないか頼んでみた。
後日哲人が、この事をジャン=クロゥエン司令に相談してみた所、当然ながら難色を示す彼の脇に控えていたイセンダ教官が
「囚われの姫君を、呪縛から解き放って差し上げなさい」
と、カッコいい決めセリフと共に、強引に許可をとってしまった。
(これで、理仁亜の代わりにジャン=クロゥエンの胃壁と毛根が呪縛に囚われる事になった)
司令に手を合わせつつ、理仁亜を後部座席に乗せ、銀色の愛機を駆って太陽系遊覧航行と洒落込んだ。
そして冥王星にある「宇宙活動技能教習所」にて待っていたイセンダ教官に理仁亜を任せ、MDFの簡易講習を行ってみた。
(ここまでやれとはルーシーも言ってはいないが、イセンダ教官はそうは思わなかったようである)
結果としては、理仁亜はMDFに乗る事が出来た。
どうやら、「乗り物」ではなく「武器」または「宇宙服」として扱われているようだ。
これで|ご母堂《ルーシー》の疑念は全て晴れた。
条件さえそろえば、理仁亜は宇宙の果てにだって行けるのである。
彼女を縛り付けるものはなくなった。
もう何も怖くない。
イセンダ教官に礼を言って別れたあと、二人はゆっくりと、美しい太陽系の星々を堪能しながら帰路についたのであった。
・・・・奇しくもこの日は八月三十一日、理仁亜にとっては最高の夏休みの、最後の一日となったのであった。
(と同時に、ジャン=クロゥエンの胃壁と毛根にとっては、悪夢の一日となった・・・・)
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