第6話 苦労人と、宇宙聖女(その4)

 前回までのあらすじ:ハゲがオカンにフェイタルKOされました。

 とりえあず|ジョーンズ《ミノムシ》に取りすがる女性を店内に招き入れ、お好み焼きソースまみれの|ジョーンズ《ミノムシ》を回収、|高級な薬剤《ノーブルエイドリキッド》で手当てをした後、今なお泡を吹いてひっくり返っているエビゾーの隣に転がしておいた。

 だが、「極限強化」状態であるとはいえ、母の怒りの一撃・千発分を喰らい、死ぬ65535分の1歩手前まで痛めつけられたダメージは大きかったようだ。
 白目を剝いたまま、未だ意識が戻っていない。

 ただ、ソースまみれだったせいか、見た目が串カツみたいになっていた。

 当然ではあるが、|ジョーンズ《串カツ》はしゃべる事など不可能で、このままでは話が進まない為、とりあえずこの何かを知ってそうなこの女性に話を伺う事にした。

『えーっと、失礼ですが、貴女はどちら様でしょうか?センセイとお知り合いのようですが』

 哲人の誰何に、この知的美人はメガネをクィッとしながら答えた。(そのメガネは、レンズ越しの風景が小さく見えていたので、今の時代にしては珍しく度が入っているようであるとわかった)

「これは失礼、申し遅れました。私、律=涼月=レイダースと申します。こちらに転がってる串カ・・・・教授《ハゲ》の息子、近畿エリア大学宇宙経済学部教授・ハムナプ=レイダースの妻で、そこの教授《ハゲ》の助手を務めております、宇宙考古学科助教授です。大変業腹ではありますが、つまりは公私共にこの教授《ハゲ》の身内という事になりますね、業腹ですが。今後ともよろしくお願いします」ペコッ
『(二回業腹って言った・・・・そんなに嫌なんだろうか?)これはご丁寧にどうもありがとうございます。既にご存じかと思いますが、私は星永哲人と申します』
「(二回言ったわ、まぁ納得ね)その母の星永=田之中=令です」
「(二回言っちゃったよこの人w)近所の美少女・唐竹さわこです!」
「(二回も言う超状現状!)その友人の禁断の美人・紅鶴優華ですわっ!」
『いやいや、オカンはともかく、君らは別に関係ないだろう・・・・あと、美て!随分と大きくでたな!』
「何事もつかみが大事でしょっ!」
「言ったもんが勝ち確ですわっ!」
「ふふっ、その最初に強く出て相手を牽制する姿勢。何か勝負ごとの部活でもやってるのですか?元気があっていいですね」
『(ほう!ただの二言という少ない情報でそこまで推測できるとは、中々の洞察力を持った女性だな。流石は学問に携わる人だけのことはあるな)』

 やはり普段から学生らと接し慣れているのだろう、調子に乗る二人のコムスメを前にしても尚、柔和な笑みを浮かべる律。
 だが哲人はこの女性の持つ鋭い思考能力に、その見た目以上の知啓を持った人物である事が分かり、感心した。

 そして、律の方も話が出来る体制が整ったと判断したのだろう、徐《おもむろ》に自身の事情を語り始めた。

「今日私が参ったのは、ここに打ち捨てられている教授《串カツ》に代わって事情を説明する必要を感じたからです。どうせ教授《このハゲ》の事ですから、端折り過ぎて皆さまの誤解をブラックホールの様に引き寄せたのではありませんか?」
『ええ、仰る通りです。そのせいでうちのオカンという名の赤色巨星が放つプロミネンスに消し炭にされたあと、自らが引き寄せられてスパゲッティ現象のようにのされたもんですから、正直何を伝えたかったのか分からず、困惑している次第です』
「ああ、やっぱり・・・・だから私と一緒に行くまでステイ! って言ったのに。こちらの話がまとまりかけた途端、「ヒャア! もう我慢できん! 「哲人君、ゲットだぜ! 」しにイクゾー!」とか言って飛び出していったものですから、慌てて後を追ったら、案の定という訳です。大変ご迷惑をおかけしました」
『いやそれはまぁ・・・・はは、センセイはセンセイですから。センセイがセンセイである限りはしょうがないですよ』
「でも次にフザけた事言いやがったら死ぬ4294967295分の1歩手前まで痛めつけてあげるわっ! 構いませんねッ!」
「はい、勿論です。寧ろ、是非お願いします」ニコッ
「どっちもひでえwおばちゃん、それって殆どちんでるよね?w」
「断言なさったですわ! 汚い、流石ハゲ汚いですわ! ハゲ散らかしてますわ!」

 えらい言われようではある。
 だが全くフォローできないので、哲人はただ苦笑するだけであった。

 しかし、それだけだとこの|ジョーンズ《串カツ》の愚痴でだけで日が暮れてしまう事は確定的に明らかである。

 |串カツ《ジョーンズ》の事は置いといて、「こちらの話」とやらを尋ねる事にした。

『ンフフッ・・・・んん、まぁそれは兎も角・・・・「こちらの話」とは一体なんでしょう? 察するに、センセイが言いたかった事と同じだと思うのですが』
「はい、exactry(その通りでございます。)。結論から申し上げますと、この度我々考古学研究チィムは「旅団」を結成し、そこへ貴方を招き入れようと画策しております。要はスカウトですね。哲人さん、いかがでしょう。我々にその類稀なる力を御貸し願えないでしょうか?」ペコッ
『「「「旅団?」」」』

 そう言って、聞きなれない単語に疑問を浮かべる一同につらつらと事情を説明し始める|知的美人《律っちゃん》。
 その内容も含め、律っちゃんに代わってあらましを説明しよう。

 |ジョーンズ《ハゲ》が本格的に宇宙を探索し始めたのは、この時点からおよそ15年前、丁度哲人がガーディアンになるかならないかと言った頃合いである。
 少年時代の哲人に「私に任せたまえ、ガハハ!」とか大見得を切ったはいいが、その実移動手段が限られていたため、普通の渡航手段を使った、所謂フィールドワーク的な活動しか出来なかった。(それでもそれなりに実績をあげていたのだから、このハゲのバイタリティは瞠目すべきものがあると言える。ハゲだけど)

 しかし、幸か不幸か、近畿エリア大学がうっかり探査用宇宙船「|宙風《そらかぜ》」を導入してしまったせいで、|ジョーンズ《このハゲ》を大宇宙へと解き放ってしまった。

 変態に技術と便利な道具を与えてはいけない。
 宙風を完全に私物化した|ジョーンズ《串カツ》は、当然の如く、おっさんピンボールとなって宇宙の方々を駆け巡り、大宇宙に散らばる各所の遺物を蚕食《さんしょく》して回った。

 そして、一度飛び出したらば最後、強引に引きずりでもしない限り、ボイジャー1号みたいに戻ってこない有様となった。
(ちなみに、ボイジャー1号は300年以上たった今でも天の川銀河を鋭意航行中である。故に、発見したならば、邪魔をせずそっとしておくのが宇宙の船乗りたちの暗黙の了解となっている。彼は人類が歩んできた歴史の一部なのであるのだから、敬意を払って当然なのだ)

 普段フザけた態度をとっているチャランポランランなオサーンではあるが、それとは裏腹に冒険と同じ位、学問に対しては真摯であり教授として(異端扱いされてはいても)それなりに評価は高かったりする。
 その実体験に基づいた論説をもたらす講義は意外と学生に人気が高く、考古学のゼミは結構な数の専攻者が存在した。

 それ故に|ジョーンズ《このハゲ》をある程度は縛り付けないと、単位が取れずに困る学生達が暴動を起こしてしまう為、大学側は彼の行動範囲に制限を付けざるを得なかった。

 そこで抑え役に任命されたのが、当時まだ宇宙経済学部の院生であった|ジョーンズ《このハゲ》の息子、先ほど名前だけ出て来たハムナプ=レイダースと、同じく宇宙考古学科の院生で宇宙考古学チームの一員でもあった涼月律である。

 律は、メガネが良く似合う知的美人で、生真面目な性格をした才媛である。
(このメガネが珍しく度入りなのは、何故か彼女は体質的に生体ナノマシンによる視力補正を一切受け付けない為である。その代わり聴力を常人の30倍・・・・コウモリより高い数値・・・・まで任意に強化でき、人間には聞き取れない周波数の音を聞き分ける事も可能という特技がある。これを活かして、相手が発した言葉の真偽を判別する事が出来る。律曰く「嘘を言うと、普段は聞こえない微妙なノイズが混じる」との事。「この『音』はッ!『嘘』を言っている『音』だぜッ!」という訳である。更には「エコーロケーション」まで可能で、目を閉じたままでも歩行、全力走行ができる上、彼女から半径100m位までの地形を完全に把握することすらやってのける、中々人間離れした能力の持ち主であったりする。このお陰(?)で彼女は「地獄の果てまで追いかけてくるりっちゃん閻魔」と学生達にあだ名され、恐れられているとかいないとか・・・・)

 その外見通り頭脳明晰で、高い思考能力を活かした洞察力、分析力はまさに学の道を究めんとするものに相応しいものである。
 半面、少々真面目すぎて融通が利かず、しばしば他者と意見対立を起こしてしまうのが玉にキズではあるものの、基本的にはいたって温厚なので周囲の人々からは「大人しいが怒らせるとコワイ!」と一目も二目も置かれる存在となっている。

 そんな彼女は、史実や歴史が大好きな、所謂「歴女」な所があり、その優れた頭脳でもって過去の偉人や国家が成しえた偉業などを研究し、人類の足跡と、純粋に発展を願う者達の真摯で清廉な精神に思いを馳せていた。
(意外と浪漫チストである)

 だが、過ぎたるは及ばざるが如し。とうとう彼女は、高校時代にて地球の歴史を知り尽くしてしまった。

 他にその溢れる知識欲を向ける対象も見つからず、失意の中大学へ進学したところ、|ジョーンズ《串カツ》の講義を受け、その目を宇宙に向ける様になった。

 そして卒業後、院生となり、現研究チームへ所属する事となったのだが・・・。

 |ジョーンズ《串カツ》の講義時とはかけ離れた普段の生活態度に激怒。
 更には研究と調査以外についての無頓着さが恒星に水素を大量投下する様な有様となった。

 そのせい(?)なのか、|ジョーンズ《このハゲ》を持て余す他のメンバー達に泣きつかれて秘書兼助手に就任する事になってしまい、以降、|ジョーンズ《串カツ》のフォローに東奔西走する羽目となってしまうのであった。

 かたやハムナプは落ち着いた感じの偉丈夫で、非常に理知的な人物であり、|ジョーンズ《ハゲ》と違って冒険とは無縁の普通に暮らす常識人である。

 |ジョーンズ《このハゲ》の放蕩っぷりに嫌気が差した細君が三行半を突きつけた時、一人残る|ジョーンズ《このハゲ》を哀れに思い、母、妹と別れて父(ハゲ)についていったのが彼の運の尽きであった。

 以来、|ジョーンズ《このハゲ》の暴走する行動力がもたらすやらかしの尻ぬぐいに奔走する日々を送る羽目になってしまった、若き苦労人である。

 この二名は元々|ジョーンズ《このハゲ》に振り回されて来た被害者同士なので、このテレポーターおっさんの制御方法も詳しいであろう、と期待されての事であった。

 二人は早速、|ジョーンズ《いしのなかにいる》の研究データから対象の惑星を総当たりして天球儀を作成した。
次にそれを絶対人類文明圏(完全に調査、開拓が完了して安全が確保された宙域の事)と照らし合わせ、その範囲内にあるものだけしか宙風の使用を許可しないように大学側へ提言し、すぐに受理された。
(ハムナプは経済学が本業であり、この件については全くの門外漢であった。それでも律と共に最後までやり遂げた事が二人を結びつけるきっかけとなったのだから、その点だけは、怪我の功名とはいえ|ジョーンズ《このハゲ》の功績であるともいえる)

 こうして調査対象が絞られたのだが、宇宙は広い。

 その数は、「普通」に調査を行っておれば、「|ジョーンズ《このハゲ》の寿命が尽きる方が先」という位はあった。

 とりあえず足取りも追える様になった事で安心していた二人であったが・・・・。
 なんと、|ジョーンズ《このハゲ》はそれをたったの15年で全て踏破してしまったのである。

 やはり|ジョーンズ《このハゲ》の冒険者としての力量は本物である。

 が、数百年後の教科書に名前を載せるというのなら兎も角、この時においてはその力によって不幸をもたらされる人間の方が多数である。
 その筆頭であるこの被害者夫妻は大いに悩んだ。最早|ジョーンズ《このハゲ》の求める物は彼らの手元にはなく、新たなる|発見《生贄》を求めるこの変態を深宇宙へと放流してしまう事は時間の問題であった。

 散々悩んだ二人は、一つの結論を出す。それは

「だったらコイツにも責任を負わせればいいじゃない」

というものだ。
 
どうせ深宇宙に行く事を止められないなら、

「逆に考えるんだ、逝っちゃってもいいさ」

という状態にすればいい。

 世の中には探査を請け負う宇宙の冒険家、「スペースライダー」達が居る。
 いっそ|ジョーンズ《このハゲ》をライダーにして、大学と研究チームから調査対象を「依頼」する形で行動を決定してしまうのだ。

 そうすれば、|ジョーンズ《このハゲ》の行動そのものに「法的な拘束力」という首輪を嵌める事が出来る。

 更に、サポートするメンバーが目付も兼ねれば、より万全な体勢となる。

 早速、二人は|ジョーンズ《ハゲ》にこの事を尋ねてみた。
 すると|ジョーンズ《このハゲ》は、やはり現状での調査の行き詰まりを感じ、宙風を持ち逃げして勝手にやっちゃおうかとか考えていたのだろう。
 話を聞いた後に、嫌がるどころか寧ろ喜んでいたので、二人は実行に移す決心をつける事が出来た。
(ハゲはハゲなりに、自分の行動が巻き起こす問題を申し訳なく思っていたようである。それで自省する事は全く無いが)

 折しも、スペースライダーの減少を懸念するお上が「旅団の結成」という優遇措置と規制緩和を行っていた事も手伝って、「研究チーム旅団化プロジェクト」が発動する事となった。

 とはいえ、この方法には一つ致命的な致命傷があった。それは

「誰一人として自衛及び外敵を撃退するだけの戦闘力を持つものが居ない」

という点である。

 しかも宙風には「武装が一切装備されていない」という事も、状況を文字通り危険な領域にまで加速させていた。

 肝心の|ジョーンズ《このハゲ》も、|宇宙開闢《うちゅうかいびゃく》に匹敵するバイタリティを持ってはいるが、戦闘力はというとゴミムシ以下。
|エビゾー《キトゥン》とどっこい。初期振りとレベルアップボーナスを全て冒険心に注ぎ込んだおバカさんなのである。

 但し、逃げ足だけはフナムシより早い。素のステータスが素早さ一極なのだ。

 家族で海水浴に出かけた時の事。

 「フナムシさんはやーい!」

とはしゃぐ幼きユリエルにええ恰好したかった|このハゲ《ジョーンズ》は、事もあろうに逃げ惑うフナムシの進路を塞ぐ様に素早く回り込んだ。
 
 そして狼狽えるフナムシを迷うことなく素手で捕まえると、

「ワシの方がフナムシよりずっとはやーい!じゃろ!?」

とか言ってユリエルの鼻先まで持って見せつけ、ユリエルをギャン泣きさせた。

 それを見た律は激怒。すぐさま報復にでた。

 そして|ジョーンズ《ハゲ》は律が放つライトニング・ブラスト=ロイヤルストレートフラッシュを喰らって丸一日昏倒した。
 だが残念ながら、それでも完全消滅には至らず、更に|ジョーンズ《このハゲ》にはなんの価値もなかったのでカードにも封印できなかった。

 一応ライダーにもガーディアンに準ずる義務があり、また行動には危険が伴う。
 自衛する必要もあれば、好きな依頼だけ受けてればいいという事もない。

 実は探検家のイメージとは真逆で、所謂「傭兵」の様な、気ままでてきとーなノリの職業などでは決してないのだ。
(但し、能力的に不可能なミッションは発注も受注も出来ない制限はかかっている)

 この問題を解決すべく二人が人選を行った結果白羽の矢がたったのが、|ジョーンズ《このハゲ》と親しく面識があって、実績も経験も豊富な哲人であった、という事である。

 が、決めたとはいえ二人には、一流の守護者たる哲人を|ジョーンズ《このハゲ》の生贄に捧げるような真似は抵抗があった。

 第一転職を促すにしても無理がある。

 その上、彼の事情(久松の事)も|ジョーンズ《このハゲ》を通じって知ってしまってる以上、その事を逆手に取った脅しの様な形となってしまう。
 今一度人選を行おうかどうかと審議 ( ´・ω) (´・ω・) (・ω・`) (ω・` ) していたのだが。

 その人選リストを見た|ジョーンズ《このハゲ》が、

「やっぱりこの難所《なんどころ》さんを乗り切れる漢は哲人君しか居らん!哲人君、キミに決めたぞ!ヒャア!もう我慢できん!「哲人君、ゲットだぜ!」しにイクゾー!」

と飛び出していった、という訳だ。

『なるほど、最近規制緩和が成されるとは聞いていたが・・・・確かに、「旅団」を組めばセンセイに目付をつける事が出来る上に、依頼で行動を制限する事も可能という訳ですか。考えましたね』
「左様です。寧ろ今までがやりたい放題でしたから。今後はきっちり仕事をして頂く所存にございます。ですが、大変恥ずべき事ではありますが、我々には外敵を撥ねつける処か、自らの身すら守れぬという有様です。私達は、それを成し遂げて尚更に余力を残すであろう実力の持ち主を、貴方以外に見出すことが出来ませんでした」
『ふむ・・・・確かに戦闘となると学生や学者さん達には少々荷が重いでしょうね』

 静かではあるが、水面下で熱いやり取りをする二人に、さわこが割って入る。

「ねーねー哲兄ぃ、前から思ってたんだけど、ガーディアンとライダーって何が違うのさ? どっちもやってる事は大体同じだよね?」
『ああ、それはだな、単純に「ほぼ」公務員か、自営業かの違いだな』
「重ねて申し上げますと、ライダーにはガーディアンにはない業務、惑星探査やテラフォーミング事業への参画などがあり、どちらかといえばこれらが本業と言えますね。加えて自らの力量に応じて活動範囲を任意に定めることが出来る権利があるのですよ」クィッ

 メガネをクィッとさせて合いの手を入れ、補足する律っちゃん。

『護衛とか賊の対処とかの緊急要請を断れないってのは共通だけどな』
「それでも各ライダーの総合ランクを大きく超えるような案件は受注も発注も出来ないというお上の保護がかかっていますね」クィックィッ

 メガネをクィッとさせるスピードがシフトアップする律っちゃん。
 根っからの学者気質が故に、説明するのが大好きなのだ。

「ほへぇ~なるほどぉ。んで、その「ほぼ」ってどう言う事なのさ?」
『ガーディアンも行程が決まっているとはいえ、過酷な業務だからな。契約を破棄して辞する事も任意に出来る余地があるのさ』
「大変な分、特別扱いされてるんだねぇ。なら確かに、「もう全部ガーディアンでよくね?」ってなっちゃうよねー」
「ですが、ガーディアンは治安維持以外の任務は行いません。探査や開拓といった事はどうしても他の担い手が必要となります」クィックィックイインッ

 メガネ・スピードが最高潮に達し、残像が見える勢いでクィクィする律っちゃん。
 現時点で、この場に居る誰よりもライダーの事情に明るくなる程に調べこんだデータを早速開陳出来る喜びを抑えきれなくなったようだ。

『身も蓋も無い言い方すると、はっきし言ってライダーは、ヤバさクッキリ4K(汚い、臭い、危険、キツい)仕事なんだよ。「一番の報酬は浪漫です!(キリッ」なんて平気で言えるヤツしかなれない浪漫職だからなぁ・・・』
「あっ・・・(察し うーん、世知辛い! 確かにすんなりはなれないねそりゃあ」

 お上と契約して任務にあたるガーディアンとは違い、ライダーはその後ろ盾がない代わりに割と自由に活動範囲と業務内容を宣言する事が出来る。例えば

 一つの星系内限定で活動する「ご当地ライダー」
 惑星の改造、開拓を一手に担う「テラフォーミング・プロデューサー」
 護衛や討伐援護等の荒事を専門とする「ローグバスターズ」
 全く未知の宙域、惑星の探査を主に行う「ユニバーサル・サーチャー」

等、様々な業務形態をとるライダーが存在する。
(但し、緊急時やお上の事業要請は強制力があり、専門外の業務を行う事があるのも前述のとおり。ご当地ライダーでも近隣の星系へ応援に行く事もあるし、テラフォーミングだけやって戦闘から逃げ回るだけではいられないし、戦う相手がいなければお上のお仕事を手伝うことだって十分に有り得るのだ)

 だがその柔軟性とトレードオフに、全てが自己責任となるため、よほど技術やワザマエに自信のある者にしかなれない稀少業務種である。
 そして、その業務遂行の難易度は今列挙した順番に、それも指数関数的に高くなっていくのである。

 特に、「ユニバーサル・サーチャー」は元々スペースライダーの本懐であるにも関わらず、時代の流れと趨勢停滞の結果、逆に前時代的な活動であるという二律背反、ジレンマに叫ぶ声を抱えている状態は最早宇宙の社会問題と言ってよく、その不可能を壊していく事が求められている。

 今現在、大概のライダーは絶対人類文明圏内での活動を主としており、深宇宙に飛び出さんとする実力者(又は性格:いのちしらず、おっちょこちょい)は中々いない。
 ライダーの減少と、人類版図拡大鈍化に頭を悩ませるお上の苦悩が有頂天となって、むきになって優遇措置による規制緩和をするのも頷けるだろう。

 そんな中、哲人の事情(久松の事)を結果として逆手に取って断りづらい事を知りなからも、時代に逆行する形で深宇宙に、それも|ジョーンズ《ハゲ》という重力100G な足枷を憑けた上で向かう事を哲人に強いる事になる、という決断をした律達の葛藤と慚愧は如何程のものであったのだろうか・・・・。

 哲人はこの様な邪推をしては見たものの、眼前にて、申し訳なさそうに俯き、上目遣いで助力を懇願する女性が、その様な腹芸をしかけるような人物には思えなかった。

 かなり心揺さぶられる事態に、腕を組んでううむと唸る哲人。

 と、その時である。
 店内に転がしておいた|ジョーンズ《串カツ》が|エビゾー《キトゥン》と共に目を醒ました。

「うぐぐ・・・・哲人君を・・・・哲人君をゲットだぜ! せねば・・・・」フラフラ
「ギャ、ギャオワーオ、ニャワーオン! (よ、よせハゲ、死ぬぞ!)」
「ぬうっ! ハゲがまた立ち上がった! おのれハゲ、今こそ止めをさしてあげるわ!」
「うう、そうはいかんぞい!ワシの生命力《ユニバース》よ奇跡を起こせぃ! 今こそ究極の超新星爆発《スーパーノヴァ》を起こすのじゃあ!」グモモモ!
「クッ、なんて強大な生命力《ユニバース》! このやっこは本当に不死身なの!?」
「ニャ、ニャワ! ギャワーオニャーオ、ニャーワーニャギャ! (お、おお! これぞまさしく、超新星爆発《スーパーノヴァ》!)」
「おのれハゲェ・・・・そんな小賢しい生命力《ユニバース》等、その身ごと微に砕いてあげるわ!」

 何故かエビゾーを巻き込んで、己が命を燃やして戦う少年たちみたいなノリで向かい合う|ジョーンズ《串カツ》と令《オカン》。
 それを見た律は、頬を膨らませながらツカツカと歩み寄り、|ジョーンズ《串カツ》の足から延びる縄を思い切り引っ張った!

「もうっ! 教授《このハゲ》! 今私が哲人さんと話をしてるんですよ! ややこしくなるからもう少し寝ててください! フンッ!」グイィッ!
「あっ」
「ニャワッ(あっ)」
「へぶしっ! ・・・・あぐぐ、一体何が・・? は! げぇ、律っちゃん!? どうしてここに律っちゃんが!?」ヘナヘナ

 |ジョーンズ《ハゲ》の体から発散される謎のパワーは、律っちゃんの一喝を受けただけで雲散霧消し、ヘナヘナと萎えていった。

「教授《ハゲ》が逃亡を企ててこの方々のご迷惑となるような事をしでかすから! それを止める為に追いかけるに決まってるでしょう!」グイッ!グイッ!
「は、はひぃ~、ワ、ワシはただ、一足先に哲人君と話がしたかっただけじゃあ!」
「まだ哲人さんへ正式にオファーするか決める前に飛び出す人がありますか! 私が話をしますからステイ! ですよステイ! それとも何ですか、今すぐ大学へ引きずっていってデスクへ五平餅みたいに縛り付けられる方がいいんですか!?」グイイイッ!
「ひ、ひい! ワシが悪かった! 大人しくしとるからそれだけはご勘弁を!」ガクガク

 |ジョーンズ《このハゲ》にも弱点はあるようだ。やっとこさ大人しくなった。

 改めて各人座って向かい合い、居住まいを正す。
 だが、何故か|ジョーンズ《串カツ》は縛られたままイスに座り、そしてなにやらモゾモゾと大変キモい動きで蠢いており、有体にいって大変キモかった。

『えっと・・・・その・・・・何処まで話しましたっけ?』
「旅団を作るけど全員もやしで困ってるって所までだよ哲兄ぃ!」
『おおそうだったな、大体合ってるな。ありがとうさわ吉』
「へへっ、いいってことさっ! ・・・・ところでハゲのおっちゃん、何でそんなにモゾモゾしてるの? キモいよ? ちぬの? 尿でも我慢してるのかな?」
「いや、確かにそれもあるけども! ワシなんで縛られたままなの? あと、哲人君、ワシなんか体中むず痒いんじゃけどコレ何でじゃ? 後、ワシハゲてないしキモくもない!」ウネウネ
『ああ、それはノーブルエイドリキッドの副作用ですね。一気に修復したから、細胞が過敏になってるんですよ。2時間位で収まるんで放って置いても大丈夫で問題ないですよ』
「おお、良かった! 一生このまま *ドスン* *ドスン* って転げまわってなきゃならんかと思っとったわ!」
「・・・・足の裏を集中して打てばよかったのかしら?」
『それ何の呪いだよ・・・・一生温泉通いになるぞ・・・・まぁそれはさておき。武力が必要なのはわかりました。頼って頂いたのも光栄です。ですが、私にはガーディアンの職務がありますし、いきなりやめる訳には・・・・』
「はい。ですので、とりあえず話だけでも、という事です。勿論他の方にも打診して回るつもりです。しかし・・・・これを言うのは大変心苦しく思いますが・・・・お父上の調査で、かなり行き詰まっておいでなのでは無いですか? 僭越ながら申し上げますと、ガーディアンの活動の合間ではとても解決できないと私は思います」
『! ・・・・確かに・・・・大見得を切ったはいいですが、私は結局、15年もの時間を無駄に費やしただけでした・・・・』
「いえ、決して無駄ではありません。貴方は本当に粘り強く努力なさいました。そして、その時間を無為の物とせぬ為に我々も出来るだけ調査に協力させていただきます。これは双方にとって有益な事かと思います・・・・いかがでしょうか?」
『ううむ・・・・ですが、長く共にすごしたガーディアンの仲間達を、己の都合だけでいきなり切り捨てる様な事も・・・・』

 大分口説き落とされかかってはいるものの、今一歩を踏み出せない哲人。

 それに尚も食い下がる律が、なにやらジメジメしたやり取りをツマツマしてるのに耐えきれなくなった|ジョーンズ《マッドストンパー》が横やりを入れる。

「最終幻想外からシツレイするぞい! 哲人君、ワシがさっき万事解決っつたの覚えとる?」
『ん? ・・・・ああ、なんかそんな事おっしゃってましたね』
「お嬢ちゃん達の護衛、ガーディアンは無理でも、ライダーが旅団で対応するんじゃったらオールオッケーじゃろ!? なっ? ワシ天才! ワシ天! 冒険計画ワシライマー!」
『!!! ああ、センセイが言わんとしてる事がようやっとわかりましたよ!』
「なるほど! やるじゃないハゲのおっちゃん! それならきっと上手くいくよ! ハゲの癖に気が利くね、ハゲのおっちゃん!」
「ライダーに依頼という名の契約ならそれはただの依頼ですわ !やりますわねこのハゲ! ハゲの癖にやりますわ!」
「ガハハ、そうじゃろうそうじゃろう! あと、ワシハゲとらんからね!?」

 突然の横やりにモンク(拳で戦う職業ではない方)を言ってやろうかと思っていた律であったが、存外に好感触を得られたので少し驚いた。

 どうやら彼らには他にも何か悩みがあったようだ。
 そしてそれはおそらく、話に聞いていたあの不幸な少女に関係している事に違いない。

 事前に調べた情報では、確かその少女はこの近傍にある保護院の、その院長夫妻の一人娘で確か名前は理仁亜と言ったか。
 二人の女学生が居る理由も、この武人にその事を相談しに参ったのだろう。

 とそこへ|ジョーンズ《串カツ》がこちらの話を持って行ったようだと推測した。

 律の精密機械をも超える頭脳が入力されたその情報を分析し、即時結果を弾きだす。
 ここで彼らにとっての最大の懸念材料、理仁亜の名前を出せば、一気にこの武人を口説き落とす事が出来よう。

 だが、倫理的にいって、既に名前を出した久松に加え、更に彼女を人質に取るような真似をしていいものだろうか、とも考え、律もまた今一言を告げられずにいた。
 そんな律の懊悩などお構いなしに、|ジョーンズ《マッドストンパー》はまたもや無誘導爆弾を無差別投下した。

「ええいしゃらくせぇわい! 初めっからこう言や良いんじゃあ! 本格的に深宇宙を探索する為に「旅団」を作ることにしたんだ。哲人君も入らないか? 一緒に宇宙を冒険しようじゃないか!(キリッ ってな!なっ哲人君! 勿論入るじゃろ! な! 決めたね! ヨシ!」

 事もあろうにこのハゲは、律が懸念する理仁亜の事を俎上にあげたばかりか、更には己が願望を隠しもしなくなった。
 ヨシ!じゃない、何見てヨシ!って言ったの?

「欲望が最高潮に達した時、人はライダーになる」

とは宇宙大航海時代に誰かが言っった言葉だが、どうやらそれは本当の様である。

 あっコイツ!と思う律。

 とりあえずひっぱたいて大人しくさせなきゃ!と立ち上がろうとした時、それまで黙って成り行きを見守っていた令も、遂にはキレた。

「このハゲェ・・・・とうとう本性を現したわね! やっぱり自分のやりたい事に哲人を利用する気だったのね! あまつさえ、娘同然に可愛がってる理仁亜ちゃんまで毒牙にかけようとしよって・・・・! 今でさえ危ない事してるっていうのに、これ以上我が最愛の子らを危険に晒す事など、絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛!」ズオォォオ!

 怒髪冠を衝く勢いで怒り狂う闘仙《グランマダム》。
 ただしその原動力は愛である。これは何者にも異議を唱えられぬ絶対正義である。

 決して逆らってはいけない。

 だが、|ジョーンズ《串カツ》は己の思った事を口にして腹が決まったのか、ここで謝ればいいものを、事もあろうかこの怒りの地母神に歯向かってみせた。
(この時点でエビゾーはしめやかに嘔吐失禁脱糞失神した)

「オッヒィ! じゃ、じゃがワシはもう諦めぬし自重もせぬぞい! 行くんじゃ! 大宇宙へ! 哲人君をスカウトして! その為なら、ワシャ|┌(┌^o^)┐《ホモォ…》にでもなんにでもなるぞい! ワヒャア! コワイ!」ガタガタ
「だったら何で啖呵切ったのさ! ひい~!」ガクガク
「あう、はわ、はわわぁ・・・・あっ・・・・」ミリュウウウホカホカガクッ
「はぁ! こ、この威圧感は一体!? 体の震えが止まらない!?」ガクガク
「このハゲやはり・・・・|┌(┌^o^)┐《ホモォ…》などさせるものか! 成す術無く子らを奪われる、母の苦しみと痛みを知りなさい!」ズゴゴゴゴ
「アギャア! やっぱやめます! ワシ一人で逝きます! じゃからそのあらゆる物を飲み込むオーラを止めとくれぇ! ひぎぃっ!」ブルブル
「早っ!? 即落ち!? そこまで言ったんだからもうちょっと頑張りなよハゲのおっちゃん!」ガクガク

 ドリルが如く華麗に掌を返す|ジョーンズ《串カツ》と、呆れ怯えるさわこ。

 優華はこのとてつもなく恐ろしい存在を目の当たりにし、しめやかに失禁した後に失神し、自らの放った聖水の海へと沈んだ。

 律もまた、未知の恐怖に硬直し、ただ震えるのみであった。

 更に闘仙《グランマダム》が放つ怒りの闘気の影響は半径数kmにも及んだ。

 一ブロック離れた場所にあるビッグポート神社の森で羽を休めていた鳥達は全て飛び去り、範囲内の上空で配達中のドローンは全て地に堕ちた。
 向かいの介護施設「ガンダーラ」では、比較的軽微な患者ですら楽園に旅立とうとし、その反対方向へ2ブロック程進んだコースト小学校でも、児童らが謎の恐怖に泣き叫ぶ。
 更に離れたスプリングビッグポート駅では利用客が謎の悪寒を感じ震えが止まらなくなり、臨海=ロードを走る自動車は全て緊急停止した。

「ええい、黙れ黙れ! 最早問答無用ッ! 乙女から大切な者を奪わんとする不届き者は、神馬に蹴られてニフルヘイムへと堕ちなさいッ! はああぁ・・・・! 喰らえ! 超星闢衡・戦姫穿宙天彗蹴ッ!!」ズオオッ!!
「じゃから令ちゃんは乙女って歳じゃな・・・・ぱふあっ!? わひゃら! うわぢゃ~~~!! ・・・・げぴ!!!」ズッシャア!

 宙魁千掌激の千発分が持つ威力を一撃に内包した後ろ回し蹴りが|ジョーンズ《串カツ》に突き刺さると同時に、僅かにひねりを加えて後ろ蹴りへと変化した瞬間、更なるインパクトを与えた。

 その威力は|ジョーンズ《串カツ》の体内を駆け巡り、「ピキュウウン!」と弾けたあと、最後に衝撃となってその身を「キャッズオオン!」と店の入り口へと弾き飛ばした。

 危機を察知した(?)「もこやん」の扉は、自動的に「ガラッ」と開くと、この不届き者を店外へと放出《ハナテン》した。

 路上に吹き飛ばされた|ジョーンズ《串カツ》は、道路をも飛び越え、遂には向かいのガンダーラの正面玄関まで飛翔した。
 そして地べたに叩きつけられて、白目を剥いてビグンビグン痙攣した後、ジワ~ッと広がるサラダ油の海へと沈み、蹴りの余波で高温となった油でカラッと揚がった。

「あ、あの蹴りは一体・・・・?大昔の戦姫・温水麻那也が使ったっていう蹴り技の天彗蹴に似てるけど、あんなの初めてみたよ!すごい・・・・!」ボーッ
「・・・・! はあっ! 何ていう事! でもあれはしょうがないわ・・・・」
『何という凄まじい蹴りだ、今のは初めて見る技だ・・・・あれは一体!? いや、それどころじゃない、オカン! 流石にあれはセンセイ死んだんじゃないか!?』
「フンッ! お母さんだって修行してるのよ! 新しい技の一つや百個編み出してみせるんだから! それに大丈夫よ、問題ないわ! 宣言通り死ぬ4294967295分の1歩手前になるように足加減してやったわ! 第一あのフナムシがこの程度で死ぬもんですか!」
『それって死んでるのと一緒なんじゃ? やれやれ、もう一本使う羽目になるとは。これすごく高いのに。後、副作用で丸一日 *ドスン* *ドスン* コース確定だぞ・・・・・』
「令さんのお怒りはごもっともです。それよりも早くあのきつね色に揚がった|教授《出来立て串カツ》を回収しなければ、介護施設の迷惑になると愚考します」
『ンフッ、きつね色て! そうですね、確かにその通りです。早いところ回復してやってどかしましょう。・・・・あと、お話の件は、前向きに考えますので、今日一日時間を下さい。明日に返事をします』
「!? ・・・・あ、有難うございます! 良い返事をお待ちしております!」

 |ジョーンズ《串カツ》を|回復《炎の四天王》した律は、縛っていた縄をうまく使って|ジョーンズ《串カツ》を引きずりながら大学へと戻っていった。

 その後、自らの研究室《独房》で目覚めた|ジョーンズ《マッドストンパー》は、全身のむず痒さに一日中 *ドスン* *ドスン* した後デスクに縛り付けられ、論文を脱稿するまで開放される事は無かった。

 哲人らは、|闘仙《グランマダム》モードの令が怖がらせたお詫びにと、晩飯にさわこと優華を招いて「宇宙ジビエ寄せ鍋」を振る舞った。〆のおじやは絶品だった。

 一流の料亭でも味わえぬ鍋に舌鼓を打ち、和やかな時間が流れっていった。

 そして夕食後・・・・
 哲人は一人、縁側でちょっとしたスペースがある自宅の庭を眺めながら思想に耽っていた。

 とそこへ、悲し気な表情の令がやってきた。

「哲人・・・・やっぱりガーディアン辞めてライダーになるの?」
『ん? うん、そうしようかと思ってる。今契約満了ドキュメントを書いてた所さ』
「ハァ、そういう所もおとーさんそっくりよねぇ。|久松《あのバカ》も普通にトラック運転してればいいのに、アステロイドを見つけるたんびに「ヒャア! もう我慢できねぇ! 弾幕ッ! 躱さずにはいられないッ!」とか、「我らこれより弾幕シューに入る! 鬼に出会えばこれを避け、仏に出会えばこれを躱す!」とかいって危ない事に突っ込んでいく様なヤツだったからねぇ・・・・」
『ンフフッ! なんだよそれw結局全部逃げてるじゃないかw親父ぃ・・・・』
「フフ、そーなのよ、突っ込んで行く癖に逃げるだけなのよ! 弱っちい癖に、曲がった事が大嫌いだからね。相手を煙に巻いて降参させるのよ。今もきっと何処かでフナムシみたいに走り回ってるわよきっと! ・・・・でも私はダメね、幾ら力があったって、この手はずっと拳のまんま。天地をも砕く剛拳とかいったって、それじゃぶっ壊せても誰も助けられない、何もつかめない・・・・」
『いや、それは違うなオカン。拳のままだって、お好み焼きソース位は手の甲に乗るだろう。正直人間なんて、一人分の働きしか出来ん。私は皆それでいいと思ってる。親父ぃの事より、今は助けられる大事な人を、助けたいと思う。』
「フフッ! 理仁亜ちゃんをお好み焼きソース扱いしちゃダメよ! でもそうね、おかーさん教えられたわ! 我が最愛の息子も遂に手を離れ、一人の武人となったようね。・・・・フム、よろしい! 母からのお祝いよ! あの蹴りを教えてあげるわ! さぁどうする?」
『!? なんと、今まで組手すらしなかったオカンがか! それは確かにうれしいお祝いだ・・・・さて、どうしようか・・・・?」

教えてもらう←(ピピッ
教えてもらわない

『よろしくお願いします。(ペコッ 実はと言うと、すごく気になってたんだ!』
「あなたもまぁまぁの武術狂いよねぇ。実を言うとなら、わたしも何気に人に拳を授けるのって、これが初めてなのよね。まぁ大丈夫で、問題ないでしょ!」
『お、おいおいそんな事で大丈夫なのか? ちょっと不安になってきたな・・・・』

 そんなやり取りをしながらも庭にて向かい合う二人の武人。
 縁側には、話し声を聞きつけたのだろう、いつの間にかさわこと優華が、夕食を食べにコースト院から戻って来た幼いオイラーとメインを連れて見物していた。

「実演しながら説明してあげるわ。この蹴りはただの回し蹴りじゃないわ。相手に命中した後(ズォッ、体をひねった勢いで(クィッ、もう一度蹴りを同じ場所に叩きこんで(グンッ、内部で威力を開放する!(バッ という、強力な技よ。わたしと哲人は、拳の質が剛柔正反対だから、普通はわたしの技は哲人には完全に使う事は出来ないけど、この技だけはどっちかっていうと哲人寄りだから習得できるでしょう」
『なるほど、つまりは蹴りで重ね当てをしてるって事だな。確かにこれは柔の拳ではあるだろうが、しかしなんと器用な・・・・』
「むかーし昔に、すっごい偉い柔術家がこう言ってたらしいわ。「めっちゃ強くなりたかったら、突きを蹴り以上の威力にするか、蹴りを突きより器用にしなさい」ってね。若い頃は口で言うのとやるのとは違うでしょ、って思ってたけど、やってみたら案外出来るもんね!」
『ンフッ! そうかwじゃあやってみるか・・こうか!?(ズオッ!(ブンッ!』
「ん-、ひねるのが早すぎるかな? かかと落としになってる。それだと「摩利天墜」っていう別の技になっちゃうわね」
『ほう、はからずも違う技まで覚えてしまったのか、得したな。もういっちょ!』

 「いや、そんな事で出来るのアンタらだけだよ!?」と心の中で突っ込みを入れていたさわこと優華であったが、いつしか二人の達人による演舞に、しゃべるのも忘れて見入っていた。
 オイラーとメインはキャッキャッと楽しそうであった。やがて・・・

『はあっ!(ズオッ! フンッ!(グンッ!』ズォン!
「おっ! できたわね! それが穿宙天彗蹴よ! 確かに伝えたわよ!」
『おお・・・・確かにこれはあの蹴りだ。この技は他にも色々応用が利きそうだ!有難うオカン、いい技を教えてもらった(ペコッ』
「フフッ、どういたしまして!・・・・さて、そこの二人! 見てるだけじゃ退屈でしょう? 今日は気分が良いから貴女達にも教えてあげるわ! どうする!? やるわね!? 教わるわね!? 二択よ! 選びなさい!」
「いや無理っすwっていうか断る選択肢ないじゃないのさ!」
「不可能がゼロミッションですわ! ハイスラでボコるのだけはご勘弁なさって!?」

 涙目の二人を無理やり庭へ引きずりだし、無理繰り稽古をつける|闘仙《グランマダム》。

 ああでもない、こうでもない、それじゃ違うわよちゃんとしなさい!(ベシッ! という声が響く横で、幼いメインが「やっ! にゃっ!」と、皆を真似て可愛らしく蹴りっぽいものを繰り出していた。
 オイラーは飽きてエビゾーを枕に眠っていた。

 そんな微笑ましい(?)光景を見ながら、哲人は悲しき別れを告げる電子文書を、複雑な思いを込め、仮想ウィンドウの送信ボタンを押して本部へと送信した。
(その30秒後にジャン=クロゥエン司令の必死の引き留めコールが続き、なだめるのに四苦八苦する事になる)

 |闘仙《グランマダム》の|薫陶《レッスン》により、二人は始め苦戦していたものの、何とか技を習得できたようだ。

 さわこは穿宙槌、優華は天彗蹴という技を覚えた。

 こうして、和やか(??)な雰囲気に包まれながら、その日の夜は更けていった。



 引き留めコールを何とか捌いた哲人は、翌朝、律へ旅団の参加を表明するコールを送った。すると、1分も経たない内に、お礼のメッセージと共に

「ライダー認定の適性チェックをお願いします」

というアプリケーション付のメッセージが届いた。

「旅団」は、代表者がライダーなら構成員はその是非を問わないが、自衛以外の戦闘行為はライダーにしか行えない。

 武力を持つものが哲人のみなので、これは致し方ない。

 チェックはフルダイブ状態で行われるようだ。
 折角起き出したのに、また寝床に戻らねばならぬのかと思いながらも、哲人は布団の上に転がると、仮想ウィンドウ上のアプリケーション起動ボタンを押し込むと同時に、深い眠りへと落ちた・・・。

 このアプリが、人を辱めて顧みない、とんでもないブツであるとも知らずに。

 哲人が適性チェックをしている間に、ライダーについて今一度詳細を説明しよう。

「スペースライダー」という言葉は、割と近年になって生まれた言葉で、元の呼び名は「深宇宙探索業者」という。
 始めは文字通りの業務を行っていたのだが、それ以外の業務、護衛や討伐といった荒事もこなさざるを得ない状況になった。

 深宇宙には自身ら以外に頼る者もない状況が殆どであるのだから当然の事である。
 月日が流れ、同業者の数が増えると、自然と得意分野を分業する流れが生まれた。

 時代に必要とされているが故に、皆、自ら工夫していく事でそれに対応していった。

 そうやって

「重力の波に乗る」
「宇宙船に乗って」
「時代の流れを乗りこなす」

様から、何時しか人々は彼らの事をスペースライダーと呼ぶようになった。

 彼らは人類の航海の最前線を進み、人の歩みを示す澪を引く、誇り高き宇宙の船乗り達なのである。

 だが、この様に時代と人々からは必要とされてはいるものの、その華々しさとは裏腹に業務内容はブラック企業も真っ青になって逃げだす位、過酷の一言に尽きる。

 基本は単独、或いは少人数で、広い大宇宙を長期間彷徨うのである。
 更には、外敵や事故、機器の故障といった不測の事態にも備えなくてはならない。
 とどめに、それらから自分を守ってくれる者は自分自身だけ。

 味方などいやしない。余程精神が強靭な者でない限り、神経に異常をきたす事が殆どである。

 常に罵倒してくる上司から延々と仕事を投げつけられ、終電間際に帰って、始発でゾンビの様に出社する毎日。
 残業代は無く、休日も出勤を強いられる。

 終末戦争前にはよく耳にした話だが、こんなものははっきし言って巨大スパワールドで温泉を堪能した後で豪華料理を食べ、全身マッサージコースを受けているのと同じである。

 何故なら、何時でも辞められて、文明のある地表で生活できているのだから。

 ふざけた会社とムカつく上司なんかガキ大将パンチを食らわせてさっさとやめればいいのである。
 地表で暮らしている限り、その程度の事では人は死にはしない。

 第一仕事なんてそれこそ夜空の星の数より多い。何時でも逃げ道はあるのだ。

 だが、深宇宙ではそうはいかない。
 自分以外に人は居らず、周りはダークマターで満たされた真空の闇。

 宇宙船の中だけが自分の世界だ。逃げ場所などどこにもない。

「開いてぇ~><」
「ファファファ・・・・何処へ行こうと言うのかね?w」

なんていうやり取りすらする相手も居ない。頭がおかしくならない訳がないだろう。

 実際、ライダーが引退する原因の8割が孤独と極度の緊張からなる神経衰弱によるもので、残りの2割が事故と戦傷である。
(些細な例ではあるが、気晴らしにうっかり「謎の狂暴な寄生生物が宇宙船内を蹂躙するクラシックムービー」を見てしまって震えが止まらなくなった、等。地表で見たなら「グロイ!」位で済むが、深宇宙のど真ん中で見た場合は果たして、幾人がその恐怖に耐えられるだろうか?)

 こういった理由で、不幸な事例が過去に相次いだ為、最初に適性チェックを受け、どの程度の負荷まで耐えられるか入念に調べるのである。
(ちなみに向いて無くても発行されるので、よく考えてチェックを受ける事。来る者は拒まず、去る者は地獄の果てまで追ってくる業界である。コワイ!)

 それも、想念検知まで使って、プライバシーのへったくれも無い位、根掘り葉掘り丹念に精神を走査される。

 尚この事はチェック開始直前になってしれっと説明したあと有無を言わさず行われるため、大変評判が悪い。
 それらのセンシティブな個人情報はAIにしか知り得ないとはいえ、心の奥底にしまいこんだ✝片翼の天使✝的な黒歴史等を白日の下に晒されるのは余り気持ちの良いものではないだろう。

 逆説的に現在の人類の心身レベル及びテクノロジーレベルではそこまでしないと危険を回避出来ないという事である。
 それが嫌ならむきになってライダーやって人類の発展を少しでも促進するしかないと、ここでもジレンマを叫ぶ声が、不可能を壊す事を求めている訳である。
(全く関係ない事柄だが、このジレンマを表現する言葉として、「白〇佩〇持ってないヤツは、白〇佩〇取りに来るな」というけだし名言がある)
 
 そうやって妥協を許さず算出されたデータを元に、どういった活動が出来るのかというステータスを記載した免状が発行されて、人はライダーとなる。
 このステータスはAIに散々辱めを受けさせられるだけあって非常に信頼できるので、それに従って活動していれば精神に異常をきたす事はまず無いと言ってよい。

 さて、我らが苦労人、哲人の命運や如何に・・・・?

『うぅ~むぅ、うぐぐ・・・・、おぐあぁ・・・・、ハッ!・・・・はぁ・・・・』
『「どうやらチェックは完了したようね。気分はどう?」』
『ああ、今までの人生で考えうる限り最悪の目覚めだな!ものすごく辱めを受けた様な気がするが、全く思い出せんのが余計にキツいな、うぐぐ・・・・』

 地獄で責め苦を受けている亡者が如く呻き声をあげていた哲人であったが、ようやっと目覚めた。

 だが、余りの気分の悪さにしばらく上体すら起き上がれずにいた。

『「このアプリが起動中の記憶は、私達NAVI=OSには絶対に知らされないわ。チェック開始のボタンを押下したらもう後戻り出来なくなると聞いたことがあるわ」』
『私はそれを望んでしまった訳か・・・。いや、そういう大事な事は最初に言ってくれ。報連相だぞ、何見てヨシ! って言ったんだ・・・・』
『「だってそれ、アプリが起動すると同時に私に言ったんだもの、伝え様がないじゃない。ご丁寧に起動中の記憶も一時ファイルごと消去していったわ」』
『事後報告もさることながら、わざわざ言う事にも悪意を感じるな・・・・』
『「それを笑って流せるかどうかも含めての適性なんじゃない? で、本当に何も覚えてないの?」』
『ん・・・・?いやまて、あるぞ。何か、茶室みたいな場所で、二人の男女と向き合って、なんか茶を立てて貰ったような気がするぞ・・・・。』
『「そうなんだ。へぇ~、誰なのかしら? どんな様子だった?」』
『二人とも中々の美形で、どちらも全く隙が見当たらない手練れな感じだったな。男の方は歴戦の強者といった風体の偉丈夫で、女の方は人間とは思えぬ造形の美女だった。二人は茶を飲む私を見定める様な感じで見てて・・・・、その後・・・他にもう一人茶室に入って来て・・・・?』
『「誰が入って来たのかしら? 男? 女? その後はどうしたのかしら?』
『むう・・・・ダメだ、そこから先は思い出せん。霞がかかったようだ』
『「どうやら他は完全に消去されてしまったようね。でも、今の所だけは、アプリが消去して尚残っている程に印象的だったのね。他には何か?」』
『もうない・・・・いや・・・・一つだけ・・・・押し入れにしまいこんだノートの事を思い出したよ。捨てたと思ってたけど、まだ残ってたのかアレ・・・・』
『「ああ、貴方がわざわざ紙媒体に書いた ✝片翼の天使と白き堕天使✝ の事? 確か設定が存外に上手くできたからって、勿体なくて捨てずに取っておいたんじゃなかったのかしら?」』
『はっきし言い過ぎだぞ。もう散々辱められたんだから勘弁してくれ。・・・・さて、起きるか。やれやれ・・・・。 !・・・・大丈夫か・・・・。』バッ

 ダラダラと上体を起こした後、下半身を確認する哲人。

『「どうしたモゾモゾして? 下半身がどうかしたのかしら?」』
『いや、黒歴史の他に、なんか漏らした様な覚えが・・・・仮想とはいえお茶を飲んだからそう感じたんだろうか? 流石にこの歳で寝小便は勘弁して欲しいからな』
『「そんな事は私がさせないから安心していいわよ。ちゃんと膀胱が破裂するまでキープしておいてあげるわ」』
『ンフッ!それは頼もしいな。じゃあ思う存分寝る前にお茶をがぶ飲みするよ。・・・・出来ればハジける前に起こして欲しい所だけどな』

 人としての尊厳を守れた事に安心し、ようやく意識が覚醒し始め、気分も戻りつつあった所で、背中になにやら柔っこくて温いものが「のしっ」っとのしかかってくる感触がした。

「てつおじー、ごはんだよー。おきなしゃーい。まだねてうのー?」
『ハハハ、もう起きるよ、有難うメィン。さて、連絡してから大学へ行くかな』

 どうやら姪ッ子が起こしに来てくれたようだ。
 ナデナデしてから、共に食卓へ行く。

 そして、哲人は律へ連絡した後に朝食を摂り、メィンとオイラーをコースト保護院に預けた後に大学へと向かった。

おまけ

温水麻那也《ぬくみずまなや》
東嵐りほが最も信頼する初期メンバー4人の内の一人。非常に才能溢れる天才肌で、出会った当初からりほも驚く程、技のキレをもっていたのだが、その小柄な体格のせいで相手に力で押し切られる場面も多かった。
彼女はそれを補う為に蹴り技をひたすら極めたという。その技の冴えは、複数人数で同時に四方から攻撃を喰らっても、蹴りだけで全て捌き切った程であったという。
自身の武器を身に着けてからは、逆にその小柄な体格を生かし、一気に相手の懐に飛び込んだあと自ら編み出した技「極星烈衡・戦姫天彗蹴」を叩きこむ事で、幾多の名のある戦姫達を見事退けた、伏兵の小兵である。
この天彗蹴は、相手の懐にもぐりこんだ後、畳みかける様に手を出してくる相手の攻撃を回転する事で払いのけ、その勢いを利用して無防備になった胴体へ後ろ回し蹴りを食らわせるという、攻防一体、一撃必殺の技である。小柄であるのを逆手にとり、相手の攻撃手段を絞って予測しやすくする事は彼女にしか出来ない芸当であろう。

百鐘奏《ももかねかなで》
東嵐りほが最も信頼する初期メンバー4人の内の一人。
りほをも超える膂力を有する豪傑だが、外見は嫋やかな雰囲気の美しき女性。
実家が茶道の家元で、自身もまた熱心に修行をしていたのだが、その強すぎる力故に茶器を破壊し茶を立てる事が出来なかった為、遂には勘当されてしまった。
失意の中りほと出会い、その導きにより戦姫として開眼した彼女は、その圧倒的な力でもって幾多の相手を退けた。
しかし、その性格と同じく真っ直ぐすぎる拳が災いし、すぐに受け技、見切りが極められ、打撃を与える処か命中させる事すら困難になってしまった。
散々悩んだ彼女は、りほ達と共に修行に明け暮れ、特に麻那也のアドバイスを受けた事で苦手を克服し、結果針をも通すような繊細な技を身に着けた。
「天地開闢・戦姫穿宙槌」はその修行の結果編み出したもので、持ち前の膂力に身に着けた技力を合わせ、相手が身を躱そうがお構いなしに追いすがる掌底を放ち、身を守ろうが関係なく内部に貫通する打撃を与えるという、見事なまでに力と技が渾然一体となった突き技である。
尚、この技力を身に着けた結果、力加減も上手くなって茶を立てる事も出来る様になり、その様を見せる事でいがみあっていた母とも和解することが出来た。
僅かな希望がある限り最後まであきらめないという、戦姫の心構えを見事に体現した乙女なのである。

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